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第三十九話 苦笑国王と困惑廷臣


 王城の朝は静かで、国王は玉座に座りながら広間のざわめきに耳を傾けていた。廷臣たちは広間に集まり、柔らかいが緊張感のある空気の中、囁き合っている。話題の中心は、やはりアドリアナ・ドラクロワのことだった。


「ドラクロワ家の令嬢、噂以上に優秀だと聞くが」


「いや、噂など過小評価に過ぎぬ。あの令嬢の胆力は、我々の想像を超えている」


 廷臣たちは控えめな声で話すが、その瞳には好奇心と尊敬が混ざっている。筋肉を称賛する声もあれば、若き女性があれほどの力を持つことへの戸惑いもある。中には内心、以前から『力ばかりの家』と決めつけていた者もおり、複雑な顔をしている。


「だが、陛下としてどう思われるのでしょうか」


「当然、我が国の誇るべき人物として、王子の妃にと望まれることもあるでしょうな」


 広間の奥に座る国王は、軽く苦笑しながら思案していた。


 特に第二王子シャルルのことを考えると、つい眉をひそめる。シャルルはアドリアナに一目惚れし、かつて筋肉不足で振られた苦い経験を持つ。以来、王子は必死に鍛えてはいるが、彼女の望む水準にはまだ届いていない。


「ふむ……シャルルには少々荷が重いかもしれぬ」


 国王の言葉に、廷臣の一人が思わず笑いを漏らす。国王は苦笑を押し殺しつつ、杖を軽く床に打ち、静かに続ける。


「熱心なのはよく分かっておる。訓練場にこもり、日夜努力を重ねているそうだ。……しかし筋肉だけで彼女の心を掴むには、まだ足りぬ」


 廷臣たちは少し驚いた顔で互いに目を見合わせる。努力しているとは聞いていたが、国王自らが『まだ足りぬ』と言うのだから、事の重みが伝わる。国王の口調には、愛情と苦笑、両方が滲んでいた。


「あの令嬢の胆力と才覚を思えば、王子も見合うだけの価値を示す必要がある。いや、示せるかどうかも試されることだろう」


 廷臣の一人が微かに頷く。アドリアナが国中で話題になるのも納得である。王城の広間で囁かれる噂は、単なる筋肉の話ではなく、彼女の知恵や礼節、そして人を惹きつける存在感を伴ったものだった。


 国王は深呼吸をし、杖を軽く握り直すと、少し視線を下げてひとりごとのように呟いた。


「この娘の存在は、国の未来を照らす。だが……シャルルよ、そなたはその輝きを扱えるか」


 広間にはその声だけが響く。誰もがその言葉に耳を傾け、国の思いの深さを感じ取った。廷臣たちは顔を見合わせ、静かに頷く。国王の内心にある、期待と懸念が混じった感情が伝わるのだ。


「筋肉だけではなく。胆力、知恵、礼節……総合的に育て上げた者でなければ、彼女を守り、ともに歩むことはできまい」


 誰も反論できず、広間は沈黙に包まれる。国王の目は、遠くの空を見据えるように静かに輝いた。王子の努力を知る者も、その成長の速さを信じつつ、やはりアドリアナの基準には及ばないと理解する。


 やがて王は、口元に柔らかな笑みを浮かべ、少し肩の力を抜いた。


「それでも、あの娘の魅力に惹かれぬ者はいまい。国のためにも、シャルルには精進してもらわねばならぬな」


 廷臣たちはくすくすと笑いながら、しかし深く頷く。笑いの中には、真剣さと期待が混ざる。王城の朝は、外交の余韻と新たな未来への布石を感じさせるひとときとなった。


 広間をあとにする廷臣たちの足音が遠ざかる中、王は杖を床に置き、静かに視線を窓の外に向けた。庭園の向こうに広がる緑を見つめながら、心の中でそっと思う。


(アドリアナ・ドラクロワ。そなたを支える者たちの努力が、国を照らす光となるだろう。――シャルル、そなたもまた、その光に相応しい存在となるのだ)


 王城の朝の光は柔らかに城を包んでいく。アドリアナの名は、今日も静かに、しかし確実に王城全体に刻まれようとしていた。


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