第三十八話 筋肉令嬢と未来への架け橋
使節団をもてなした庭園の一日が終わり、翌朝。澄み切った青空とは打って変わって、王城の大広間には重々しい空気が漂っていた。豪奢な赤い絨毯の中央を、隣国の使節団がゆっくりと進む。その後ろに控えるのは、アドリアナとドラクロワ家の面々である。
謁見の間には、国王と廷臣たちが整列している。白大理石の柱が光を反射し、まるで舞台のように空間を引き立てていた。だが、そこに満ちるのは祝祭の華やかさではなく、外交の結果を見極めんとする緊張である。
やがて王の前に進み出た使節団長は、厳かな声で報告を始めた。
「――国王陛下。我らは貴国のご厚情と礼遇に深く感銘を受けました。特に、ドラクロワ家のご令嬢アドリアナ殿が示された筋肉と礼節、その調和には、我が国の者一同が驚嘆し、尊敬の念を抱いております」
ざわりと、廷臣たちの間に小さなどよめきが走る。隣国の使節団からこのような賛辞を受けるなど、容易にあることではない。しかもその対象が、若き令嬢だというのだから。
国王は深く頷いた。その双眸は真っ直ぐにアドリアナを見据える。
「アドリアナ・ドラクロワ。我が国に仕える一員として、そなたが果たした功績は大きい。外交の場を和やかにし、力による尊重と礼節の心を示した。これは我が国にとって誇りである」
堂々たる声が高天井に響き渡った。アドリアナは裾を摘み、優雅にお辞儀を捧げる。その動きは昨日と変わらず、鍛え抜かれた身体から自然に滲み出る力強さを内包していた。
「恐れ入ります、陛下。私が行ったことは、ただ我が家で教えられた通りのこと――力と礼を忘れぬということにすぎません。それが国のためとなりましたのなら、この身に勝る喜びはございません」
大広間は静まり返った。アドリアナの言葉があまりに率直で、飾らない響きを持っていたからだ。廷臣の一人、これまで『筋肉ばかりで粗野な家』と内心侮っていた男は、思わず姿勢を正した。昨日の庭園での報告も耳にしていた。笑いを誘い、敬意を集め、隣国の猛者たちと対等に渡り合った令嬢は、もはや軽んじられるものではない。
「……ドラクロワ家は、筋肉ばかりの家ではなかったのだな」
男は小声で呟いた。その声に隣の廷臣も頷き、次第にその認識は列の中に広がっていった。
王は朗らかに微笑んだ。
「アドリアナよ、そなたの家は筋肉によって名を知られてきた。しかし、そなたはその筋肉に礼と知恵を添えた。力は暴威にもなれば、平和を繋ぐ鎖にもなる。そなたの示したのは、後者であった」
アドリアナは胸を張り、微笑みを浮かべた。
「父が言っておりました。『力は人を護り、心を結ぶためにある』と。その教えをこの場で証明できましたこと……誇りに思いますわ」
その言葉に、父アルマンは感無量の面持ちで娘を見つめた。母エレオノールは微笑み、兄たちは誇らしい眼差しを隠そうともしない。ドラクロワ家全員にとって、この瞬間は、家名の名誉が確かに広がる証だった。
団長は再び一歩前へ出た。
「国王陛下、我が国は貴国と新たな絆を結ぶことを願います。アドリアナ殿の精神に敬意を表し、これを同盟の礎としたく存じます」
廷臣たちの間に再度ざわめきが起こる。外交の進展は望んでも容易くは得られないものだ。それが、一人の令嬢の働きによって導かれたとなれば、驚嘆と感謝が混じり合うのも当然だった。
国王はゆっくりと立ち上がり、王座の前からアドリアナに歩み寄る。彼女は驚きながらも、静かにその姿を見上げた。
「アドリアナ。そなたの力は、この国の未来を照らす光となろう。ゆえに、この場で改めて言葉を贈る。――我が国は、そなたを誇りとする」
国王直々の言葉。廷臣たちは一斉に頭を垂れた。アドリアナは胸の奥に熱いものが込み上げてくるのを感じ、しかし涙を見せまいと笑顔で応えた。
「ありがとうございます、陛下。そのお言葉こそが、この筋肉に刻まれ勲章でございます」
大広間に拍手が広がった。力と礼節、誇りと絆。その全てを体現する少女に、国全体が新たな視線を向け始めていた。
やがて謁見が終わり、アドリアナは家族とともに退出した。長い回廊を歩きながら、彼女は心の内で呟く。
(筋肉は、ただ身体を鍛えるためのものではない。人を護り、人を繋ぎ、未来を築くためのもの。ならば私の道も、きっとそこに続いているのですわ)
ドラクロワ家の人々は誇らしい面持ちで肩を並べ歩いていた。次なる試練が何であれ、この家族の筋肉と誇りがあれば乗り越えられる。そう信じながら。




