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第三十七話 筋肉令嬢と筋力試練


 庭園での茶会が終わり、花々の香りと余韻がまだ漂っていた。隣国の筋骨隆々な使節団は、席を立ってもなお、しきりに感嘆の言葉を交わしている。


 その中で、団長格の男は腕を組み、しばしアドリアナをじっと観察していた。ドレス姿でありながら、姿勢は揺るがず、談笑する様が堂々としている。


「――力もまた、見せてもらいたいものだ」


 ふと呟くように漏れた声に、周囲が静まった。彼は一歩前に出て、アドリアナへと視線を定める。


「ドラクロワ家の令嬢よ。君の気品と礼節には敬服した。そこで君の力を、我が国の方法で試してみたくはないか?」


 その声は低く響き、庭園の静寂の中に鋭い緊張を生む。その言葉は挑発ではなく、真剣な敬意に満ちていた。アドリアナの眉がぴくりと動く。


「力試しですの? それはおもしろそうですわね」


 目の奥に興奮が光る。筋肉令嬢にとって、力を試す場は常に魅力的であり、好奇心を刺激するものだった。


 団長は口元に笑みを浮かべ、両手を広げた。


「形式的なものだ。我が国では、腕相撲と小競り合いの持久競技を通じ、相手の筋肉と心意気を尊ぶのが習わしだ。君も、楽しむつもりで挑むが良い」


 アドリアナは軽く頭を下げ、ドレスの裾を揺らしながら応じた。


「心得ておりますわ。華やかな装いでも、力の品格を示すことはできますもの」


 そうして庭園にある芝生の広場では、テーブルと厚手のクッションが置かれ、腕相撲の場が整えられた。アドリアナはドレスの裾を片手で軽く持ち上げ、椅子に腰を下ろす。団長と戦えることに、胸の高鳴りが抑えられない。


 団長が向かいに座ると、両者の視線が静かに絡み合った。周囲には家族や団員が円を作って見守る。緊張感が庭園を包む中、アドリアナは微笑みを浮かべた。


「では、失礼いたしますわ」


 手首をしっかり固定し、手を組む。団長の手のひらは岩のように硬く、握力だけで圧力を感じさせる。それでもアドリアナは決してひるまず、肩と体幹を使いながら力を受け止める。


「では……始め!」


 合図とともに腕相撲が始まる。団長の筋肉が隆起し、じりじりと押し込んでくる。しかしアドリアナは体幹を固め、肩から背中へと連動させて押し返す。両者の腕は微動だにせず、静止したまま。観衆も思わず息が止まった。


「……見事な筋肉だ」


 団長の低い声が漏れる。アドリアナも息を整えながら微笑む。


「力は誇示するものではなく、互いを敬うためにこそありますの」


 言葉と同時に、少し手首を動かして微調整。互いに押し合いながらも、強引に決着をつけず、引き分けに近い形で手をほどく。団員たちは感嘆の声を上げた。


「この国には、真の騎士道がある」


 団長は感銘を隠さず、目を輝かせてそう言った。


 次に、庭園の奥に設けられた軽い持久競走のコースで、互いの体力を測る。アドリアナはドレスの裾を片手で押さえ、もう片方で腕を軽く振り、颯爽と走り始める。筋肉のしなやかさと動作の無駄のなさが、見ている者の目を惹きつけた。


 団長も力強く踏み出し、彼女を追う。芝生を踏むたびに土の匂いが漂い、日光を浴びた筋肉が輝く。息を切らせながらもアドリアナは笑顔を絶やさず、団長に合わせるように速度を調整する。


「力だけでなく、互いの呼吸を合わせることも大切ですわ」


 息の合った走り方を見せることで、単なる力比べではなく、相手への尊重が伴うことを示す。団員たちは彼女の言葉に頷き、穏やかな空気が庭園に広がった。


 競技が終わり、両者は息を整えながら肩を叩き合う。互いの筋力を認め、敬意を払うことで、競技は和やかでありながら爽快な雰囲気に包まれた。


「力を誇示するだけでなく、相手を敬う心が、真の強さですの」


 アドリアナは力強くそう言って、微笑んだ。団長は目を見開き、深く感銘を受けた様子で頷く。


「敬意を持って走る者など、初めて見た。あなたこそ真の戦士だ」


 その言葉に庭園の空気が一層凛とし、隣国の団員たちも深い敬意を込めて拍手を送った。


 アドリアナは拳を軽く握り、満足そうに微笑む。力を試される場であって、礼節を欠かさず、筋肉と品格を兼ね備えた振る舞いこそが真の強さであることを、改めて証明したのであった。


 庭園には爽やかな風が吹き、花々の香りと笑い声が混じり合う。筋肉と優雅さ、そして相手を尊ぶ心が織りなす、世にも珍しい外交の一幕が、ドラクロワ家に深い信頼と尊敬をもたらした。


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