第三十六話 筋肉令嬢と庭園のもてなし
隣国の使節団は、揃ってドラクロワ家の庭園に招かれた。花々は緻密に手入れされ、芝生は柔らかく刈り揃えられ、噴水の水面が穏やかに煌めく。その奥にある白い天幕の下には、紅茶や茶菓子が整然と並べられている。アドリアナは裾を軽く持ち上げ、膝を曲げて優雅に一礼しながら、団員たちを天幕の中央へ案内した。
「どうぞこちらにお座りくださいませ」
その声には、筋骨隆々の団員たちに対しても臆することのない堂々とした響きがあった。団員たちは驚きつつも、彼女の丁寧で洗練された所作に自然と目を奪われる。筋肉の力強さと優雅さを兼ね備えた令嬢の姿は、これまでの外交で見たことのない光景であった。
(こんなに一度に視線を向けられるなんて……一挙手一投足見られていますわ。これは完璧に礼節を示しつつ、力の片鱗も見せねば)
母エレオノールが上品に紅茶のポットを持ち上げ、湯を注ぐ。その手元は丁寧かつ滑らかで、熱い紅茶がカップに注がれる音さえ心地よく響く。アドリアナは横で微笑み、団員たちに目の前で毒見をした茶菓子を差し出した。
「こちらはお国の伝統菓子に似た風味に仕立てました。どうぞお楽しみください」
一人の団員がゆっくりと菓子を口に運ぶと、思わず目を見開いた。
「……なるほど。甘さが控えめで、香りも豊か。非常に感心した」
アドリアナはくるりと身体を回してお辞儀をし、筋肉のしなやかさを自然に見せつける。
(外交の場も、鍛錬と同じく日々の積み重ねが肝心ですわ。礼節を欠かさず、筋肉を見せるタイミングを見極める。――これが最良のバランスですの)
団員たちはアドリアナの立ち振る舞いを見て、笑みを浮かべる。単に力を誇示するだけでなく、知性や所作を伴った振る舞いは、彼らにとっても新鮮な驚きであった。
茶会が落ち着いたところで、アドリアナは庭園の芝生に移動する。青空の下、陽光に照らされた彼女の身体は、筋肉の輪郭をはっきりと見せていた。
「さて、少し身体を動かしてみせますわ」
静かに鉄棒に手をかけ、片手懸垂を軽やかにこなす。身体を水平に保ったまま、背筋と腕の力だけで身体を支え、ゆっくりと下ろす。団員たちは思わず息を呑んだ。
「これが……王国の令嬢…!」
一人が低く呟くと、仲間たちも互いに目を見合わせる。力だけでなく、体幹や柔軟性、動作の美しさまで兼ね備えていることに感動したのだ。
「ふふっ。筋肉と礼節は、両立できますのよ」
アドリアナは笑いながら軽やかに着地すると、馬場へ移動して馬術の演技に移る。団員たちは姿勢を変えて、アドリアナのあとを目で追った。
彼女の乗馬姿は堂々としており、馬の動きに合わせて体幹を柔軟に保つ。駈足、障害跳び、旋回――無駄のない動きが一連の流れで披露される。馬のたてがみが光を受けて揺れ、土を蹴る蹄の音がリズムとなる。
団員たちは口々に声を上げ、手を叩き、歓声を上げた。
「ドラクロワ家……只者ではない。こんな美しくも華やかな筋肉は見たことがない」
団長格の低い声が庭園に響き渡る。彼の目には、驚きと感心の混じった光が宿っていた。
茶会に戻ると、母エレオノールが柔らかな微笑みを浮かべ、アドリアナを称賛する。
「アドリアナ、見事にお客様を魅了しましたわ。筋肉だけでなく、所作の美しさも光っていましたよ。さすがわたくしの娘です」
「お母様、お褒めいただき光栄ですわ。筋肉も美しさも、日々の努力の賜物ですわ」
団員たちは微笑み、茶会を楽しんでいるようだ。力強くも礼儀正しいドラクロワ家の振る舞いは、外交的にも大成功であった。
午後の陽光が柔らかく庭園を包む中、団員たちは互いに囁く。
「王国にこれほど素晴らしい筋肉があったとは…」
「信頼できる家族だ…」
アドリアナは満足そうに微笑み、軽く拳を握る。外交の場においても、己の筋肉と品格が尊重される瞬間であった。
力だけでなく、品格も兼ね備えた家族の姿に、誰もが心を打たれた。隣国の使節団は心から楽しみ、ドラクロワ家に深い信頼を寄せたのであった。




