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第三十五話 筋肉令嬢と隣国の使節団


 アドリアナが街道で大型野獣を倒し、十七歳の初陣を飾ってからしばらく。街の人々はその勇姿をあちこちで語り合い、噂は王城にまで届いていた。


「ドラクロワ家の令嬢は、すでに英雄と呼ぶに相応しい!」


「いや、筋肉の女神だろう!?」


 そんな冗談まじりの声まで飛び交う。本人はと言えば、いつも通り屋敷の庭で、朝の筋肉トレーニングをこなしていた。


「ふっ、はっ……筋肉は日々の積み重ねですもの!」


 片手での懸垂を優雅にこなすアドリアナ。長兄ドミニクが思わず笑いながら声をかける。


「アディ、朝から絶好調だな! ところで父上が呼んでいたぞ。王城から急ぎの使いが来たそうだ」


「まあ、なんでしょう? 筋肉大会のお誘いかしら?」


 アドリアナが目を輝かせると、ドミニクは腹を抱えて笑った。


「違う違う、外交の話だ。隣国から使節団が来るらしくてな。その接待役に我がドラクロワが選ばれたんだと」


「外交、ですの? 筋肉ではなく?」


「いや、筋肉も無関係じゃないらしいぞ。どうやら向こうの団員たちが、みな筋骨隆々らしい」


 アドリアナは拳を握り、勢いよく立ち上がった。


「外交と筋肉! 最高の組み合わせですわ!」


 その日の午後、ドラクロワ家の大広間には一家が集められた。武人気質の父アルマンが真剣な顔で口を開く。


「この任務は我が家の誉れ。王より直々の命令である。隣国は軍事大国。彼らを歓待し、信頼を得なければならない」


 母エレオノールは優雅に頷き、紅茶を口に含んでから言葉を継ぐ。


「力強さと同時に、礼節を示すことが肝心ですわ。我が家の真価を見せるときです」


 そのとき、次兄ルシアンが心配そうにアドリアナを見た。


「アディ、今回は戦いではない。力を見せつける場ではなく、節度ある振る舞いが求められる。くれぐれも、君のその美しい筋肉を過剰に主張しすぎないように」


「分かっていますわ、ルシアンお兄様。外交とは、筋肉と同じでバランスが大切ですもの!」


 返答はやや的外れだったが、本人は大真面目である。


 やがて訪問の日。朝から屋敷は慌ただしく、庭園や客間は徹底的に整えられた。母エレオノールの指示で花が配置され、長兄ドミニクが笑顔で使用人たちを励ます。父アルマンは自慢の甲冑を磨き上げ、武人としての誇りを示す準備を整える。


 そして昼過ぎ。ついにそのときは訪れた。


 豪奢な装飾の馬車が数台、ドラクロワ家の門前に到着する。馬車から降り立ったのは、まるで巨象のように屈強な男たち。肩幅は広く、腕は樹木のように太いだけでなく、立ち姿からも戦士としての気迫が伝わる。礼服を着ているにも関わらず、はち切れんばかりの筋肉が存在感を放っていた。


「こ、これが隣国の使節団…」


「まるで全員が戦士みたいだ…」


 使用人たちがごくりと息を呑む中、アドリアナは感嘆の声を上げた。


「素晴らしい筋肉…! まさに外交のお相手に相応しいお姿!」


 隣国の団長格と見られる男が、低く響く声で挨拶をした。


「我ら隣国より参った使節団だ。しばし世話になる」


 父アルマンが一歩進み出て、お腹に響く声で応えた。


「うむ、我が家にお越しいただき光栄。武の誉れを尊ぶ貴国を、心よりお迎えしよう」


 その背後でアドリアナが、にっこりと微笑んで裾をつまみ、優雅にお辞儀カーテシーをした。父が母エレオノールから順番に紹介していく。


「ドラクロワ家の長女、アドリアナにございます。どうぞ、ごゆるりとおくつろぎくださいませ」


 使節団の面々は一瞬、彼女のしなやかな礼儀作法に目を見張った。筋肉隆々の彼らにとって、強さと優雅さはあまり結びつかない概念だったのだろう。だがそのあと、アドリアナの引き締まった腕や背筋に気づき、視線が揃って輝いた。


「……あの令嬢、只者ではないな」


「美と筋肉が調和している、だと…!?」


 彼らの低い囁きに、アドリアナはさらに微笑んだ。


「ふふっ。外交とは筋肉のごとく、日々の積み重ねですわ。さあ、まずは庭園にて茶会を用意しております」


 こうして筋骨隆々の隣国使節団と筋肉令嬢アドリアナとの、前代未聞の接待が始まろうとしていた。


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