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第三十三話 筋肉家族とアディ談義


 アドリアナは巨獣を討伐して帰路についている頃。ドラクロワ一家は夕食の時間を迎えていた。


 豪華な照明の下、長い食卓には肉の香ばしい匂いと新鮮な野菜の彩りが広がっている。銀食器が煌めき、執事や使用人たちが静かに控える中、一家が揃って腰を下ろしていた。


「聞いたか、ドミニク! ルシアン! またアディが冒険者ギルドで大暴れしたと、早馬が届いていたぞ!」


 父アルマンが厚い胸板を反らして豪快に笑う。


「我が娘ながら見事な筋肉! まさに家門の誇りだ!」


「アルマン、声が少し大きいんじゃなくて?」


 母エレオノールは涼しい顔でワインを傾けながらも、唇に笑みを浮かべる。


「令嬢らしからぬ豪快さではありますが、あの子には筋肉と気品がありますわ。美を追求しつつ鍛錬も怠らない。素晴らしいわね」


 真顔で言い切る母に、兄二人は目を合わせて苦笑した。


「いやぁ、アディが森の獣をスクワットで蹴り上げたと聞いたときは笑えたなぁ!」


 長兄ドミニクが腹を抱えて笑う。快活な彼は、アドリアナの武勇伝を茶化すのが大好きだ。


「父上、今度はアディと力比べでもどうです? もしかしたら、持ち上げられるだけじゃなく投げられるかもしれませんよ」


「む! それはおもしろいな!」


 父アルマンが真剣に考えて腕を組む。心の中で、舞踏会で持ち上げられたときの浮遊感を思い出していた。


「しかし娘に負ける父親など聞いたことがないぞ」


「負けたら負けたで、ドラクロワの新たな伝説になりますよ」


 ドミニクが悪戯っぽく笑うと、父はますます乗り気そうな顔をする。


 だが、次兄ルシアンが真面目な声で割って入った。


「笑いごとじゃないだろ。あんな危険なことを続けて、もしアディが怪我をしたらどうする」


 彼は眉をひそめ、ナイフを握る手に力を込めた。


「確かにアディは強いが、無茶は控えるべきだ。今までは無事だったが、本当に油断できない」


「ルシアンは相変わらずアドリアナに甘いこと」


 母エレオノールが微笑む。


「アディが岩を担いで走り回っても、『転ばないように気をつけろ』しか言わないよな、お前」


「……実際、転んだら危ないだろう」


 真顔で答えるルシアンに、家族は一斉に吹き出した。


 母エレオノールは口元をハンカチで押さえながら、落ち着いた声で言う。


「でもアドリアナの鍛錬の姿勢には学ぶべきものがありますわ。――筋肉は裏切らない。これは我が家だけでなく、貴族の新しい格言になるかもしれません」


「そうだな。筋肉は正義だ。腹黒い貴族連中も自分を振り返る良い機会になるだろう」


 筋肉の格言に、父は心底嬉しそうだ。


「ふふ。筋肉と美しさは同じものですわ。どちらも鍛え、磨くもの」


 母は目を細め、どこか陶酔気味に筋肉を語る。


 その間にもドミニクは、冒険者たちから聞いた面白い噂を披露する。


「聞けば、アディが木からぶら下がって巨獣に蹴りを入れたとき、冒険者が叫んだらしいぜ。『あれは人間の筋肉だ!!』ってな」


「はははっ! なんと痛快な!」


 父は手を打って豪快に笑う。


「さすが我が娘! 人外の怪物より、人間の筋肉の方が恐ろしいとは!」


「……恐ろしいと言われて喜んでいいのかしら」


 母は小さく溜め息をつきつつ、誇らしさを隠せない。


 そのとき、控えていた執事が使用人から耳打ちをされ、そっと口を開いた。


「失礼いたします。アドリアナお嬢様は無事に冒険者ギルドへお戻りになり、冒険者の方々と打ち上げと称したトレーニングをなさっているそうです」


「なんと! 依頼を終えたその足でトレーニングとは! 我が娘ながらあっぱれだ!」


 父は思わず立ち上がりかけ、母は呆れ顔、兄たちは顔を見合わせて笑う。


「我が妹ながら恐るべき筋肉への執念だ」


「早く戻って休めばいいのに」


 次兄は眉をひそめつつも、どこか甘い表情だ。


 伯爵家の食堂は、笑いと呆れと誇らしさで満ちていった。アドリアナの影響は、家族の心さえも豪快に掴んで離さない。


 執事は静かに微笑み、銀食器の輝きを見つめながら、今日もこの家が筋肉と笑いに満ちていることを感じていた。


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