第三十二話 筋肉令嬢と暴れたい衝動
朝の光が差し込む冒険者ギルド。木製の扉を押し開けると、さまざまな装備に身を包んだ冒険者たちが慌ただしく出入りしていた。
「おう、アドリアナ殿!久しぶりだなぁ!」
「今日はどんな依頼を受けるんだ?」
アドリアナを見るなり、陽気に声をかけてくる冒険者たち。野獣討伐の一件以来、彼らと仲が深まったのが分かる。
アドリアナは掲示板へと向かい、依頼書をじっと眺めた。
「これは……『森に出没する巨獣の討伐』ですわね」
筋肉の喜びに目を輝かせるアドリアナ。最近は社交界やお茶会で腕や脚を控えめに使う日々だったが、今日こそ全力で身体を動かすチャンスだ。
「今日は全力で筋肉を動かしますわ!」
ギルドの受付で依頼を受け取り、森へ向かう道すがら、アドリアナは思わず拳を握る。久しぶりの野獣討伐に胸が高鳴る。
森の入口に着くと、空気が一変する。木々のざわめき、遠くで聞こえる低い唸り声。アドリアナの瞳がぎらりと光った。
「ふふっ……久しぶりに暴れがいがありそうですわね」
まずは軽く木の根や岩を飛び越え、身体を温める。腕立て伏せ、スクワット、ジャンプと、まるで森自体が彼女のトレーニング広場のようだ。通りかかった小動物も思わず逃げ出す。
そしてついに巨獣が姿を現す。その毛並みは黒鉄のように硬く、光を反射して鎧のように輝いている。四本足の巨大な獣は、角を振り回し、威嚇の咆哮を上げてこちらを睨んでいた。
巨獣は地を揺らすように前足を叩きつけ、角を突き出して突進してきた。
「ようこそ! 私のトレーニング相手様!」
アドリアナは両腕で受け止め、土がえぐれるほど踏ん張る。体幹を固め、巨体の勢いを横に受け流すと、巨獣は木に激突して枝葉を散らした。
「ふふっ。なかなかの突進ですわね」
返す刃のように繰り出される尻尾の一撃。風を裂くほどの重さを、アドリアナはしゃがみ込んで回避し、反動を利用してスクワットのように飛び上がる。
樹上の枝に手を掛け、ぶら下がると同時に、両足で巨獣の背にドロップキックを叩き込んだ。森全体が揺れるような轟音が響き、冒険者たちは腰を抜かす。
「ひぃぃ!あの令嬢、人間じゃない動きしてるぞ!」
「バカ言え! あれは人間の筋肉だ!!」
動きが速すぎて、アドリアナの活躍を一目見ようとこっそりとあとに続いていた他の冒険者たちはついていけない。枝を踏んで思わず転ぶ者、逃げ遅れて背後で奇声を上げる者。森は混乱の渦となった。
「ちょっ、待ってください、アドリアナ殿!」
だがアドリアナは気にせず、巨獣の前へと回り込み、極力で勢いよく蹴り上げる。巨獣は後退し、さらに大きく吠えた。倒木にぶつかりそうになった瞬間、アドリアナは器用に踏ん張って体勢を立て直す。
「ふふっ。この感じですわあ! やはり筋肉は裏切りませんわね!」
しかし力を入れすぎたのか、巨獣を蹴った表紙に近くの岩が転がり、冒険者の足元に直撃した。彼は『うわっ!』と悲鳴を上げながらも無事で、アドリアナは慌てて駆け寄る。
「力加減を間違えましたわ! ごめんなさいね」
「だ、大丈夫だ。足手まといになってすまねぇ」
アドリアナはちょっと反省しつつも、再び巨獣に集中する。腕の筋肉をしならせて引き寄せ、体幹を使った回転蹴りを入れる。ついに巨獣は地面にひれ伏したかと思いきや、最後の力を振り絞り、角を地面に突き立てた。
轟音とともに地面が割れ、冒険者たちは足を取られて転倒する。しかしアドリアナはただ一人、割れた地面の上で仁王立ちしていた。
「何にも揺さぶられない強さ! それこそが筋肉ですわ!」
息も絶え絶えな巨獣の角を持って掴み上げ、そのまま全身の力で投げ飛ばす。今度こそ、巨獣は倒れて動かなくなった。
息を切らしつつも、アドリアナの顔には満足げな笑みが浮かんでいる。
「ふふふっ。久しぶりに身体を使いましたわ!」
その帰路、ギルドの仲間たちはアドリアナの暴れぶりを興奮気味に語り合っていた。森は少し荒れたものの、依頼は大成功。冒険者たちは『さすが筋肉令嬢だ!』と、彼女の筋肉と判断力に感心していた。
ギルドに戻ったアドリアナは、埃まみれになりながらも満面の笑みで言った。
「本を書くのも、社交をするのも楽しい。でも、私にはやはり、思い切り身体を動かすことが何よりですわ!」
周囲の冒険者たちは、そんな彼女の姿に拍手を送り、そして少し恐れを抱くのだった。
こうしてアドリアナの文化と筋肉の両立の日常は、また一歩豪快に前進したのである。




