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第三十話 筋肉令嬢と間違いだらけの舞踏


 王都のとある屋敷の大広間。煌びやかなシャンデリアの下、絹や宝石に身を包んだ貴族たちが集い、華やかな舞踏会が幕を開けた。


 アドリアナも父アルマンに伴われて会場に姿を現すと、瞬く間に視線を集めた。つややかなドレスを纏い、髪も丁寧に整えられている。しかし、彼女の背筋の伸び方と落ち着いた足取りは、どうみても戦場の行軍で鍛えられたものだった。


「ドラクロワ嬢だわ」


「本を出した筋肉令嬢でしょう?」


 会場のあちこちで囁きが飛び交う。彼女はにこやかに会釈しながらも、頭の片隅では『このドレス、屈伸運動に耐えられるかしら』などと真剣に考えていた。


 舞踏の時間が訪れた。


 最初の相手は父アルマンだ。音楽に合わせて足を運ぶはずが、左へ一歩と促されても、アドリアナの身体は踏み込みと半身の転換を繰り出してしまう。


「あら、つい間違えてしまいましたわ」


「はは! 実に力強いステップだ! おもしろい!」


 父アルマンも悪乗りをして、ダンスというには迫力がありすぎる動きになってしまった。


「な、なんだあのステップは!?」


「おお…! 新しい舞の流派か!?」


 あまりにも堂々と筋肉舞踏を踊る二人に、観客は妙な勘違いを起こす。


「きちんと重心を移すのは、体幹強化に最適ですわね」


 当の本人は、至って真剣にそう返すばかりだった。


 続いての見せ場は、舞踏の途中に男性が女性を軽やかに持ち上げる場面である。


「さあ、アディ、行くぞ」


 そう言って父アルマンが腰に手を伸ばそうとしたとき、彼女は逆に『ふんっ!』と筋肉隆々な父を持ち上げてしまった。その気迫に会場のシャンデリアが揺れ、ドレスが小さく悲鳴を上げる。


 会場は一瞬凍り付き、次いで『おおおおっ!』と大喝采。


「これが新時代の舞踏だ…!」


「ドラクロワ嬢、かっこいい…!」


 これまた妙な賞賛が飛び交う。アドリアナは父を持ち上げられたことが嬉しかったのか、誇らしげな顔をしていた。


「お父様を持ち上げられたんですもの。これで巨岩も余裕ですわね」


「アディ! すごいじゃないか! いつのまにこんな筋肉を…!?」


「ふふっ。お父様を驚かそうと、密かに鍛えておりましたの」


「ああ! うちのアディは頼もしいなぁ!」


 そして休憩時間。令嬢たちは優雅にケーキを口に運ぶ。その中でアドリアナは勢いよくケーキを次々と頬張っていた。


「糖分補給は大切ですわ!」


 本来であれば品のない行動であるが、不思議とアドリアナがすると嫌な感じがしない。それどころか流れるように口の中へと消えていくケーキに、美しささえ感じるほどだった。


「舞踏は持久力勝負。ここでエネルギーを補うのは当然ですもの」


 妙に納得した子息や令嬢たちが、『確かに!』と頷き、皿を手に次々とケーキを頬張る姿が続出した。


 再び舞踏へと戻れば、アドリアナにはダンスの申し込みが殺到した。純粋に彼女と踊りたい者もいれば、面白半分でやってきた者もいる。戦場で勘が研ぎ澄まされたアドリアナは、その小さな悪意に気づき、あえてその中から一人の若者を選んだ。


「選んでいただけて光栄です」


 若者がアドリアナの手の甲にキスを落とそうとしたそのとき。


「いたたたたた!!」


 彼女が握った握力が強く、若者は悶絶した。


「あら? どうかなさいましたの? 早く踊りましょう?」


 ダンスの間も、強く握られた手は離れない。挙句の果てにアドリアナの体幹を駆使した回転技が高速すぎて、若者は酔ってしまった。


「うっぷ。すみませ、気分が悪く……うぷっ」


「あら、残念ですわ。次にお会いするときまでに鍛えてきてくださいませね?」


 嫌な相手を筋力であしらうその姿は、会場にいた令嬢たちを多いに勇気づけたという。


 そんな娘の姿を、会場の端で見守る父アルマンは苦笑した。


「……うむ。誇らしいような、頭を抱えたくなるような……」


 隣にいた今夜の舞踏会のホストである侯爵夫人は、ころころと笑った。


「あの力強さは目を見張るものがあります。まさに新風ですわね!」


 娘を褒めちぎる彼女に、父アルマンはますます複雑な顔をするのだった。


 こうして社交界には新たな舞踏流派が生まれ、苦手な相手を筋肉で黙らせるためにトレーニングを始める令嬢が続出した。


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