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第三話 虚弱令嬢と甘い罠


 何度目かのシャルルとの面会の日。いつものように王城の応接間へと向かったアドリアナを迎えたのは、やはりシャルルとエリザベッタだった。


「ご機嫌よう、シャルル様。モンティス嬢」


「ご機嫌よう、ドラクロワ嬢」


 相変わらずシャルルは挨拶を返しもしないし、エリザベッタには王子の婚約者に対する敬意が感じられない。それでもアドリアナは幸せな勘違いをしていた。


(シャルル様との仲は順調だし、モンティス嬢というお友達ができて、本当に私は幸せ者ね)


 実際のところ、シャルルとの仲は険悪だし、モンティス嬢は浮気相手である。一般的には、決して幸せではない。


「今日はね、ドラクロワ嬢に特別なお菓子をご用意しましたの」


 エリザベッタが示した先。テーブルの上には、一見普通の焼き菓子がお皿に乗っていた。


「我が家の菓子職人に作らせましたのよ。お口に合うと良いのだけれど」


「まあ、モンティス嬢が直々に? とっても嬉しいわ。それじゃあ早速いただきますね」


 小さな口で、一口食べる。甘い香りの裏に一瞬だけ苦味を感じて、体の内側から冷たい波がすうっと広がるのを感じた気がしたが、アドリアナはすぐに気のせいだと忘れてしまう。


「ちょうど良い甘さでおいしいわ。紅茶にもよく合うお味ね」


「気に入ってもらえたみたいで嬉しいわ。さあ、もっと召し上がって?」


 エリザベッタは華やかな微笑み浮かべながら、その瞳の奥には『さっさと食べてしまいなさい』という冷たい光が潜んでいた。


(これは夕食の量を少し減らさないとだめかしら…?)


 進められるままに、焼き菓子一つを食べきるアドリアナ。夕食の心配をしながら食べ終わったとき、ふとお腹に違和感が走った。


(――あら? これは……)


 お腹がゴロゴロと鳴っている。そっとお腹に手を当てて首を傾げたアドリアナを見て、エリザベッタはシャルルと顔を見合わせてほくそ笑んだ。


(進められるままに全部食べるなんてバカな女ね!)


(腹下しの薬が入っているとも知らずに…バカな女だな!)


(……なんだかお腹が痛いわ。シャルル様とお会いできると思ったら食欲が出たのだけれど…昼食を少しだけ欲張ったのがいけなかったのかしら)


 そんなことを考えている間にも、アドリアナのお腹の痛みは増していく。


 ついに痛みに我慢できず、アドリアナは青い顔でシャルルとエリザベッタに謝罪した。


「……シャルル様、モンティス嬢。私、なんだか気分が優れなくて…。今日はこのまま、失礼させていただくわ…」


「まぁ! お顔が青いわ、ドラクロワ嬢!」


「何かあると大変だ! さっさと家に戻るがいい!」


 ふらつく身体をゆっくりと起こし、アドリアナはなんとか立ち上がる。そして二人にお辞儀(カーテシー)をし、応接間を出ようとしたときだった。


(――あ、ら…?)


 なんだか視界が暗くなっていく。お腹の痛みも遠くに感じ出して、自分の身体がまるで自分のものではないかのように重くなっていった。


 傾いていく身体。次の瞬間には、アドリアナは床の上に倒れ込んでいた。


「きゃあ!? ドラクロワ嬢!?」


 エリザベッタの悲鳴が遠くに聞こえる。シャルルが侍従を呼ぶ声が聞こえて、そこでアドリアナの意識は真っ暗になった。


「アディ…! 目を覚ましておくれ、アディ…! 上眼(じょうがん)瞼挙筋(けんきょきん)をしっかり動かすんだ!」


 いつの間にかドラクロワ邸まで運ばれたらしい。真っ暗な意識の中、父アルマンの声を聞いた。


「しっかりなさい、アドリアナ! 腹筋に力を込めるのです!」


 母エレオノールの声も聞こえる。いつも冷静な彼女らしくない、少し焦った声だ。


横隔膜(おうかくまく)を意識しろ、アディ! 深く息を吸うんだ!」


「先生! アディの意識はどうなんですか!?」


 続いて長男ドミニク、次男ルシアンの声もする。どうやら自分はベッドの上にいて、家族に囲まれているようだと、アドリアナは状況を理解した。


「――水分補給を続けてはいますが、もう……」


 悲痛な男性の声が聞こえる。この声は、ドラクロワ家の専属医師だ。


「あぁ…! アディ…!」


「なんてこと…っ」


 父と母の、震えた叫び声が聞こえる。


(――ああ。私、腹痛で死んでしまうのね…)


 本来であれば、腹痛程度で済むはずだったシャルルとエリザベッタの悪意。しかし虚弱体質のアドリアナには、その効果が多いに発揮されすぎた。


(私に筋肉があれば…耐えられたかもしれないのに…)


 死の間際でさえ、どこかズレているアドリアナである。


(……次の人生では、必ず、筋肉を――)


 自分の身体がどんどん冷たくなっていくのが分かる。その一言を最後に、アドリアナは永眠したのだった。


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