第二十五話 筋肉令嬢と広がる功績
農村からの帰路、アドリアナは馬車の中に座っていた。向かいにはローランが静かに座り、馬車の揺れに合わせて体勢を調整している。寡黙な彼の姿は、まるで影のようにアドリアナを守っていた。
「やはり、畑仕事は戦場とは違うものですね」
アドリアナは膝の上で拳を軽く握った。
「力があっても、使い方を誤れば身体を壊す。農民たちから学ぶことは多いです」
ローランが無言で頷く。短い返答すらなく、その沈黙がなぜだかアドリアナの胸をざわつかせた。
「デュヴァル卿、昨日までの農村での作業…あなたはどう見ていましたか?」
「……無駄がなかった。効率的だったと思います」
アドリアナは少し照れくさくなりながらも、嬉しそうに頷く。
「ありがとうございます。戦場で鍛えた筋肉と、知恵を組み合わせることの大切さを改めて実感しましたの」
「……農民も理解していました。あなたの動作を見て、負担が減ったと言っていました」
「そう、ですか。ちゃんと伝わったようで良かったです…」
アドリアナの心に小さな達成感とともに、ローランの静かな評価がじんわりと響く。
馬車が揺れる中、二人は農村での出来事を思い出していた。アドリアナが話すたびに、ローランは頷いたり、時折短い言葉で感想を挟む。
「……力の使い方を変えるだけで、疲れ方は全然違います」
「ええ。これを広めれば、誰も無理せずに働けますわ」
ローランは何も言わず、静かに彼女の隣で背筋を伸ばし、窓の外へと視線を向けた。寡黙な態度だが、その存在だけでアドリアナの胸は少し高鳴る。こんな立派な筋肉が近くにあるのだ。高鳴らないはずがない。
そうして日数をかけて王都へと戻ったアドリアナは、すぐに今回の報告のために父アルマンの書斎を訪れた。
机に並べられた資料の山を前に、アドリアナの話に耳を傾ける父。彼女はその傍らに立ち、農村での成果について完結に報告を終えた。
「お父様。農民のみなさまの作業改善案や体幹を意識した方法、道具の工夫などをまとめました。こちらです」
アドリアナは資料を差し出す。そこには農民一人一人の動作や改善点が、図解と文章で丁寧に整理されていた。
父アルマンは資料に目を通し、やや感心した表情で声を漏らす。
「ほう。アディの活動は単なる力仕事ではなく、知恵を組み合わせた結果がよく伝わる。それにこれは領地経営そのものに役立つ。編み出した者はアディだと、陛下にもしっかりと報告せねばならんな」
「陛下に、ですか?」
「ああ。農民の生活改善という功績は、戦場での活躍と同じく王国にとって価値のある行いだ。アディの名前も、報告書に明記しておくことにする」
アドリアナは微かに胸を高鳴らせる。戦場で鍛えた筋力だけでなく、庶民の生活を守る行動力が認められることは、自分の新しい役割を示していた。
「ありがとうございます、お父様。こうして評価していただけるのは、農民のみなさまのご協力あってこそですわ」
「謙虚だな、アディは。……しかし、農民たちは日々の労働で鍛えられているのか、みな良い筋肉をしているな。これが効率的に使われないのは、確かに不利益が大きいな…」
「そうなんです、お父様! みなさまの筋肉は、鍛えられるべくして鍛えられた美しい筋肉なのです! それなのに使い方を知らないなんて……筋肉の無駄遣いをされているのですわ!」
筋肉の素晴らしさを世に広め伝えるのは、やはり自分しかいない。アドリアナの決意はますます燃え上がるのだった。
部屋を出ると、廊下で待っていたローランの姿があった。無言で軽く一礼をするだけの彼。しかしその変わらぬ忠実さが、不思議と心を支えてくれる。
(――筋肉は、持ち主に似るのね…)
鋼のような筋肉に、それをそのまま人にしたように寡黙で力強い騎士。ローランのことを考えた瞬間、胸がまた高鳴った。
やがて学園や王城にも噂が届き始める。『筋肉令嬢が農村を救った』と。力任せの娘という評価から、知恵と行動力を備えた令嬢へと、彼女を見る目は変わりつつある。
同時にそれは、次なる試練を呼び寄せるものでもあった。




