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第二十四話 筋肉令嬢と農村改革


 父アルマンの書斎。書類と地図に囲まれた机の前で、アドリアナは父の話に耳を傾けていた。


「アディ。最近の農村の様子だが、労働者たちの体調不良が増えているという報告がある。重労働に加え、道具も老朽化していてな…」


 父の眉間に寄る皺を見て、アドリアナは黙って頷いた。


「お父様。私が領主代理として農村へ行き、現場を見て改善策を提案してもよろしいでしょうか?」


「アディが?」


 父アルマンは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに柔らかく微笑む。


「ええ。次期領主のドミニクお兄様は別の用事で出かけておりますし、ルシアンお兄様は研究の発表会が近いです。今、兄妹の中で一番身軽に動けるのは私ですもの」


「私が行くという手段もあるが」


「いえ、お父様は王城での務めがお忙しそうです。それに私自身、もっと領民たちと触れ合いたいと思っていますの」


 アドリアナの言葉に、父アルマンは深く頷いた。


「そうか…では頼む。貴族として書類で判断するのではなく、現場を自分の目で確かめることが大切だ」


「はい。身体を壊さずに働くことの大切さを、私自身の身体能力と知恵を使って示してみせますわ」


 アドリアナは胸を張り、決意を込めて答えた。


***


 三日後。王都を離れ、馬車で向かう農村。窓の外に広がる田畑が、朝日に照らされて金色に輝いていた。護衛として付き添っているローランは目を光らせ、村に入る道を警戒する。


「……これが、農村の現実ですわね」


 村に着くと、既に人々は畑で作業に追われていた。腰をかがめる女性、膝を曲げすぎて足首に負担がかかる青年、何度も立ち上がるたびに呻く中年男性。鍬や鋤を握る手や背中には、長年の重労働の跡が刻まれていた。


 アドリアナの視線は、一人一人の作業動作に向けられる。


「力があっても、方法を間違えれば身体を壊す……」


 そのとき、近くの農民が、アドリアナに気づいて顔をしかめた。


「貴族のお嬢さんがこんなところに何のようだね?」


 アドリアナはにこやかに答える。


「私はアドリアナ・ドラクロワ。ここの領主の娘です。みなさまのご苦労を聞き、少しでも楽になる方法を一緒に考えたいのですわ」


 最初は懐疑的な目で見ていた農民たち。しかし、力強くも無駄のない動作を見せるアドリアナに、次第に関心の色が浮かぶ。ローランは護衛としての距離を保ちながらも、農民に過度な威圧感を与えないよう立ち位置を調整した。


 アドリアナは膝を曲げ、腰の位置を調整して鍬を持ち、苗を植える手順を実演した。


「こうすれば腰への負担を減らせますわ。体幹を意識して足で支えれば、力が分散されますの」


 作業の途中で、青年が思わず声を漏らした。


「……すごい。無駄がなくて、前より楽に感じる」


 アドリアナは微笑み、次に中年男性を観察する。鍬を握る手首の角度や肩の位置を指摘しながら、負担のかからない持ち方を見せる。


「こうすれば、長時間でも疲れにくくなりますわ。筋肉の使い方を変えるだけで、身体は壊れにくくなるのです」


 一通りの作業を見せると、農民たちの表情に驚きと納得が入り混じっていた。


「なるほど。たしかに身体への負担が減った気がする」


「お嬢さんは博識なんですなあ」


 アドリアナは、さらに提案を重ねる。老朽化した農具の改良案、作業の合間に取り入れられる軽い体操、作業手順の見直し。知恵と筋力を組み合わせた方法を、順を追って説明していく。


「重要なのは、身体を壊さず働くこと。健康を守ることは、家族や生活を守ることにも繋がりますのよ」


 いつの間にか農民に混ざっていた村長も顔を上げ、顔をほころばせた。


「お嬢様、これは助かります。我々も無理をして働くしかなかった。身体を壊さずに済むなら、みなの暮らしも守れます」


 アドリアナは頷き、さらに農民たちに簡単な筋力活用講座を開く。

「力を入れすぎなくても大丈夫。体幹を意識するだけで、筋肉は正しく動きますの」


 最初はぎこちなく動く農民たちも、実際にやってみると、その軽さと安定感に気づく。


「……おお!確かに楽になったぞ!」


「これはすごい!みなえ真似すれば、怪我も減りそうです!」


 作業後、村長がアドリアナに厚く礼を言った。


「お嬢様。今日教えていただいた方法と道具の工夫で、村全体の負担が減らせそうです。感謝します」


「いいえ。私はきっかけを与えただけですわ。知恵と工夫を形にしたのは、みなさんの努力です。これで生活は守られます。これからも一緒に学び、改善していきましょう」


 陽光の中で農民たちが自然と集まり、明るい表情で作業を続ける光景を見ながら、アドリアナは思った。


(筋肉は戦場だけでなく、日常を支える力でもある…。これを世に広め、少しでも誰かの役に立ちたい)


 ローランは静かに隣で見守りつつ、彼女の背中を支えるように立っていた。今日の訪問は単なる指導では終わらず、村全体に前向きな変化の種を蒔いた瞬間となったのだった。


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