第二十二話 筋肉令嬢と筋肉グルメ
王都に戻った翌日、アドリアナは朝から屋敷の厨房に立っていた。昨日までの訓練で残る若干の疲労を感じながらも、彼女の表情は引き締まっている。
「よし! 今日は冒険者たちのために、筋肉が喜ぶ料理を作りますわ!」
その声に、侍女が目を丸くした。
「ア、アドリアナお嬢様が…料理を?」
「ええ、戦場で培った筋肉を無駄にさせないための栄養満点メニューですの!」
侍女は戸惑いながらも、調理台の準備を整える。食材は既に揃っていた。鶏むね肉、豆、卵、チーズ、根菜。どれも筋肉の修復や成長に役立つものばかりだ。アドリアナは一つずつ手に取り、真剣な眼差しで説明する。
「鶏むね肉は筋肉の修復に最適ですわ。低脂肪で高たんぱく。香ばしく焼くことで食欲も刺激しますのよ」
次の食材へ。
「豆はスタミナ源。戦闘中の持久力を支えますの」
さらに次の食材へ。
「根菜はビタミンとミネラルの宝庫。瞬発力と疲労回復に欠かせませんわ」
侍女は感心する一方で、どこか不安げだ。
「……お嬢様。そこまで詳しく語られると、料理というより何かの実験みたいです」
侍女の呟きもなんのその。アドリアナは笑みを浮かべ、包丁を手に取った。
「大丈夫ですわ。筋肉のことなら任せなさい。筋肉は戦場だけでなく、厨房でも育ちますのよ」
野菜を豪快に刻む手つきは力強い。リズムに合わせて『トレーニングにもなりますわ!』とひとりごとを言う。玉ねぎを切る際には、筋肉の収縮を意識して角度までこだわる。侍女は思わず肩を竦めつつ、どこか楽しそうに見守っていた。
「お嬢様。そんなに力を入れなくても、包丁が食材を切ってくれますよ」
「いいえ。ここで鍛えた腕の動きも、味や火加減を感じ取る力に繋がりますの」
次に鶏むね肉をフライパンに置く。アドリアナはトングを持つ手首の角度や力加減を微調整し、焼き色を均一に付ける。
「筋肉で温度を感じ取りますわ!」
侍女は思わず吹き出した。
「……お嬢様。そこまで力を入れなくてもおいしくなりますよ」
「油断は禁物ですのよ!」
鍋の豆煮込みも、アドリアナは手のひら全体を使ってぐっと押す。隣で侍女が鍋を支え、吹きこぼれを防ぐ。厨房には包丁のリズム音や鍋のぐつぐつという音、アドリアナの元気な声が響いた。
「よし、これで完成ですわ!」
テーブルの上には、豪快に盛られた『筋肉スープ』、『力強き鶏の焼き物』、『冒険者のための豆煮込み』が並ぶ。料理名もまたアドリアナ流だ。彼女独特の料理名が並ぶ光景は、まるで筋肉理論の実験結果を見せる展示のようだった。
「さすがアドリアナお嬢様です。誰にも真似できませんわ…」
侍女は思わず、そう小さく呟いた。
昼になり、アドリアナは使用人たちとともに冒険者ギルドへ料理を届ける。彼女は一皿ずつ手渡しながら説明した。
「こちらは鶏むね肉、筋肉の修復用よ。豆煮込みはスタミナ維持に。スープは回復を助けますの」
冒険者たちは一口食べ、軽く頷くだけ。味への反応は控えめだが、アドリアナは気にしない。
「ふふっ。重要なのは筋肉と栄養を意識した料理を届けることですわ」
彼女の脳裏に、虚弱で食事すらままならなかった前世の自分がよぎる。
「筋肉と料理、両方を極めようなんて…お屋敷のみんなも予想しておりませんでした」
侍女は苦笑しつつも、誇らしげな顔のアドリアナを見つめる。
「かつて虚弱だった私がここまで鍛え上げられたのも、すべて努力の積み重ねですの。筋肉と頭脳の両立こそ真の力ですわ!」
冒険者たちは生温かい目で見守る。筋肉の話になると一直線になるアドリアナの姿は、既に彼らにはお馴染みだった。
「さあ、次はどんな筋肉レシピを編み出しましょうか…!」
アドリアナの瞳は輝く。厨房でさえも筋肉を鍛え上げる場に変える彼女の情熱は、今日も止まらない。




