第二十話 筋肉令嬢と狼たちの襲撃
森を抜けた先の野営地で、討伐隊は短い休息を取っていた。前日の戦闘で兵士も冒険者も疲弊している。アドリアナも火のそばで腕を組み、回復に専念していた。
「……大丈夫。筋肉はまだ十分に応えてくれますわ」
アドリアナが呟いたとき、背後から落ち着いた声がした。
「相変わらずだな。筋肉と会話するなんて、君くらいだろう」
振り返ると、エティエンヌが立っていた。以前手合わせをした冒険者である。彼は、口元に薄い笑みを浮かべていた。
「カリエール殿…! まさか一緒に召集されていたなんて」
「俺も驚いた。だが正直、心強い。あのときの君の一撃は忘れられないからな」
軽やかに告げられた言葉に、アドリアナの頬がほんのりと熱を帯びる。理想的な筋肉を持つ相手から『忘れられない』と言われるのは、予想以上に心を揺さぶる。
「私もですわ、カリエール殿。一緒に戦えるなら、安心して前に出られます」
微かに笑みを返すと、エティエンヌは軽く頷き、肩を少し前に出して距離を詰めた。
「じゃあ、今回もお互いの背中を預け合おうか」
その一言に、アドリアナは胸の奥がきゅんとするのを感じた。戦場の緊張を前にしても、なぜか心が落ち着く。
「ええ、もちろんですわ」
そう言いながらも、視線が自然と相手の腕の筋肉や立ち姿に行ってしまう。隣に立つだけで無言の信頼が伝わる。そんな予感がした。
だが、余韻を楽しむ暇はなかった。森の奥から不穏な音が響く。狼の遠吠えが次第に大きくなり、緊張が再び現実を引き戻した。
「奇襲だ! 敵が回り込んでいる!」
狼たちは四方から押し寄せ、兵士や冒険者たちは慌てて武器を構える。荷物が倒れ、焚き火が揺れて火の粉が舞い散る。慌てて盾で身を守る者や、転んでしまう冒険者の姿もあった。
「右からも来るぞ!」
「退路を塞がれる!」
困惑の声が飛び交う中、アドリアナが鋭い声を放つ。
「落ち着きなさい! 退路を確保! 負傷者を後方へ! 中央は守りを固めて!」
兵士たちが慌てながらも動き始める。その隣で、エティエンヌが剣を抜いた。
「俺が右を抑える。君は正面を頼む」
「ええ。背中は預けますわ!」
エティエンヌの声に従って一歩後ろに下がった瞬間、肩が軽く触れ合う。思わずアドリアナの心臓は跳ねた。
すぐさま気を取り直し、狼の群れに飛び掛かる。エティエンヌの剣が閃き、アドリアナの拳が唸る。二人の呼吸は自然に合い、まるで最初から並び立つことを約束されていたかのようだった。
「君と並んで戦うのは、不思議と安心できる」
「……それは光栄ですわ!」
胸の奥が一瞬熱くなる。戦場でありながら、彼女の心臓はいつもと違う鼓動を刻んでいた。
「槍隊は私の後ろに! 盾は左へ寄せなさい!」
「了解です!」
陣形を組み直したことで、討伐隊は体勢を立て直す。狼たちの突撃は受け止められ、後方の退路も確保された。
やがて戦闘は終息した。森に静けさが戻り、指揮官が大きく息をつきながら声を掛ける。
「アドリアナ殿、君の指示で兵士たちの混乱が抑えられた。感謝する」
兵士や冒険者たちも口々に称えた。
「令嬢がいなければ危なかった!」
「エティエンヌと息がぴったりだったな…まるでチームだ」
アドリアナは軽く腕を曲げて微笑んだ。
「私の筋肉と知識がお役に立ったようで何よりですわ。全ては今までの努力を決して裏切らない筋肉の賜物ですわね」
そのときふと、視線を感じた。隣に立つエティエンヌが、真っ直ぐに彼女を見つめていた。
「……やっぱり君は特別だな。戦っていると、それがよく分かる」
不意の言葉に、アドリアナの心臓が跳ねた。
(これは……筋肉の高鳴り、だけではありませんわね)
頬が熱くなり、思わず視線を逸らす。エティエンヌの真っ直ぐな視線と、隣に立つ彼の温もりが、戦闘の熱と相まって胸の奥を熱くさせた。




