第十九話 筋肉令嬢と戦場の絆
王立学園や冒険者ギルドでの日々が続くある朝、アドリアナはギルドからの書状を受け取った。内容は、近隣領地で発生している野獣の群れに対する防衛の依頼。討伐隊が編成され、アドリアナにも前衛として参加してもらえないかというものだった。
「――ついに来ましたわね。筋肉と判断力を試すときが」
拳を握るアドリアナの瞳は、緊張と期待に輝いていた。
初めて討伐した猪以上の強敵が現れるかもしれない。もしかすると中には、筋肉が通用しない相手もいるかもしれない。
小さな恐怖もあれど、それ以上に、まだ見ぬ敵との戦いに興奮していた。
しかし集合場所へ向かうと、兵士や冒険者たちの間からざわめきが起こる。
「おい、筋肉令嬢だぞ…」
「噂では強いなどと聞くが…令嬢に何ができるっていうんだ…?」
疑念混じりの視線。冷たい視線に怯みかけた。しかしアドリアナはそれを心の内で叱咤し、背筋を伸ばし、凛とした声で告げた。
「私の筋肉は飾りではございません。みなさまの盾となり、前へ進む力となりましょう」
毅然としたその態度に、周囲の空気が少し変わった。
出発前、アドリアナは兵士や冒険者たちに声をかけた。
「まずは身体を温めることをお勧めしますわ。筋肉は準備を怠ると裏切りますの」
困惑気味の彼らに、簡単な柔軟や腕立てを指導する。最初は苦笑していた者も、次第に『おお、身体が軽いぞ』と声を上げ始めた。緊張していた空気が解け、士気が上がっていく。
「身体が温まっていつも以上に動けそうだ」
「筋肉は正しく使えば、みなさまの味方ですわ」
アドリアナはにっこりと微笑む。兵士や冒険者たちの目には、筋肉令嬢への信頼の色が浮かび始めていた。
***
そして迎えた初戦。森の中から野獣の群れが飛び出す。牙を剥いた狼が咆哮し、兵士や冒険者たちがざわつく。
「前衛は崩れるな! 隊列を維持せよ!」
指揮官の声が飛ぶ。アドリアナは一歩前に出ると、鋭い眼差しで敵の動きを読み取った。狼は数で押そうとしているが、足並みは乱れている。
「右側に回り込みますわ! 敵の足元は不安定! すぐに崩れます!」
瞬時の判断で指示を飛ばすと、兵士や冒険者たちは彼女の言葉に従い、陣形を組み替えた。案の定、敵の前衛は容易く瓦解し、討伐は優位に進む。
「おい…筋肉令嬢、戦況を読んでないか…?」
「ただの筋肉好きじゃないのか…」
周囲から驚きの声が上がる。
戦いの最中、一人の兵士が足を負傷し倒れ込んだ。野獣が迫るのを見て、アドリアナは迷わず駆け寄る。
「立てますか? 筋肉は、決してあなたを裏切ませんわ!」
片腕で兵士を支え、もう片腕で拳を振るい、迫る野獣を叩き伏せる。その姿に兵士は息を呑み、弱々しくも笑みを浮かべた。
「助かった……ありがとう、ご令嬢」
「お気になさらず。まずは呼吸を整えて」
温かな励ましが、兵士の胸を支えた。
その直後、三匹の狼が一斉に飛び掛かってきた。アドリアナは大きく息を吸い込み、ふっと吐く。筋肉がしなやかに連動し、拳が矢のように突き出された。
最初の一匹は顎を砕かれ、二匹目は肩口を掴まれ地面に叩きつけられる。最後の一匹には回し蹴りを叩き込み、唸り声とともに吹き飛ばした。
「な、なんだ今の動き…」
「まるで訓練された騎士以上だぞ…」
戦闘はやがて終わりを告げた。森には野獣の亡骸が横たわり、兵士や冒険者たちは互いに声を掛け合いながら負傷者を運んでいる。アドリアナも拳を下ろし、深く息を吐いた。
(初めての本格的な実戦……怖くなかったと言えば嘘になりますわ。でも筋肉とともにあれば、恐れも超えられる)
恐怖を乗り越え、また一回り成長したアドリアナ。そのとき、一人の冒険者が気恥ずかしそうに近寄ってきた。
「筋肉令嬢……いや、アドリアナ殿。次の戦場でも、ぜひ前に立ってくれ。あなたと一緒なら背中を預けられる」
アドリアナは汗に濡れた前髪を払い、柔らかく微笑んだ。
「もちろんですわ」
そして周囲では、兵士や冒険者たちが口々に彼女を称えていた。
「筋肉令嬢がいなければ隊列は乱れていた」
「怪我人も守ってくれた……あの人は本物だ」
疑念の目は消え、そこには尊敬と感謝の眼差しだけが残っていた。アドリアナは軽く微笑み、空を仰ぐ。
「今日もまた一つ導いてくれてありがとう、私の筋肉」
戦場の風は冷たかったが、彼女の胸の内は温かかった。アドリアナの活躍は、これだけでは終わらない。




