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第十八話 筋肉令嬢と小さな騒動


 朝の光が広間の窓から差し込む頃、アドリアナは日課のトレーニングを終え、汗を拭いながら大きく伸びをした。筋肉にしっかり刺激を与えたあとの心地良い疲労感が身体中に広がり、朝の目覚めも清々しい。


「今朝も筋肉がよく動いてくれましたわ」


「おはようございます。アドリアナお嬢様」


 そのとき、掃除中の使用人が、床に置いた花瓶をうっかり蹴飛ばしてしまった。倒れかけた花瓶は今にも割れそうだ。反射的にアドリアナは一歩で駆け寄り、両手で花瓶を支えた。


「きゃっ!も、申し訳ございません!」


「大丈夫ですわ、落ち着いて」


 使用人は顔を赤らめ、恐縮して頭を下げる。アドリアナはにっこり微笑んで、軽く背中を叩いた。花瓶を元の位置に戻すと、使用人は安心した様子で拭き掃除を再開する。自分の筋肉で誰かを助けられたという感覚が、些細なことでも嬉しい。


 そして王立学園では、教室に入ると窓から吹き込んだ風で書類の束が舞い上がった。紙がひらひらと飛び回り、生徒たちは慌てて追いかける。


「わあ、どうしよう!」


「わ!こっちにも飛んできた!」


 教室中で声が上がる中、アドリアナは軽やかに足を踏み出し、次々と舞う書類を素早く拾い集めた。指先一つ一つの動きに無駄がなく、飛び散った紙はあっという間に元の束へと戻る。


 クラスメイトたちは驚きの声を上げた。


「ドラクロワ嬢、すごい…!」


「まるで空中で舞う紙を捕まえる魔法みたい!」


「どうしてあんなに早く拾えるんだ?」


 アドリアナは軽くお辞儀(カーテシー)をして書類を整えながら、微笑みを返した。


 隣で見ていたクラスメイトの一人が目を丸くして言った。


「筋肉ってすごいのね。私も少し運動してみようかしら」


 知らず知らずのうちに筋肉布教が完了する。小さな行動一つでも、筋肉と判断力を生かせるのは気持ちが良い。隣で見ていたクラスメイトが拍手を送ってくれ、彼女はそれに微笑み返した。


 学園から帰宅すると、庭師が剪定と落ち葉の掃き集めに励んでいた。アドリアナは手袋をはめ、枝を整え、落ち葉を集めて袋に入れる動作に取りかかる。剪定ばさみを持つ手の力加減、落ち葉を集めるときの腰の回転。日課のトレーニングで鍛えた身体が、自然に効率良く動く。


「アドリアナ様、手伝っていただけるとは……いつも助かります」


「いいえ、私も良い運動になりますから」


 枝を払うと、一本の小枝が自分の頭に当たり、くすぐったくて思わず笑いを堪える。庭師もそれを見て微笑む。落ち葉を丁寧に集めながら、風が頬を撫でる感触に小さな爽快感を覚えた。落ち葉をまとめるたびに自然と呼吸が整い、身体と心が一つになっていくようだった。


 それからふと手を止め、剪定した枝の形を眺める。整った枝や葉の並びに美を見出し、まるで骨格や筋肉の構造のようだなと心の中で静かに感嘆した。


 さらに夕食後、アドリアナは長兄ドミニク、次兄ルシアンと軽いトレーニングに臨む。トレーニングルームでのやり取りは、遊びの延長のようでありながら真剣勝負でもある。全力で応じてくれる兄たちに、アドリアナは持ち前の瞬発力で対応する。


「ドミニクお兄様、また筋肉が大きくなったのではなくて?」


「アディこそ、脚の動きが鋭くなったな」


 互いに声を掛け合い、打ち合うたびに筋肉が反応する感覚を楽しむ。時折、兄たちの動きが少し大げさになり、アドリアナは『ちょっと演技過剰ですわ!』と笑う。緊張と遊び心が交錯し、トレーニングは一層和やかな雰囲気に包まれた。


 トレーニングを終えると、三人は汗を拭いながら肩を並べ、呼吸を整える。今日一日を振り返れば、身体を使い、家族や使用人を気遣いながら過ごした充足感が胸に広がった。


 窓から夜空に浮かぶ月を眺め、拳を軽く握りながら呟く。


「筋肉よ、今日もありがとう。明日ももっと、強くなれますように」


 小さな騒動や手伝い、そして家族との触れ合い。すべてがアドリアナの強さの糧となる。筋肉令嬢の日常は、日々の努力と心の充実で彩られているのだった。


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