第十七話 筋肉令嬢と新たな挑戦者
依頼を終え、冒険者ギルドでの報告を済ませたアドリアナは、胸を張って大通りを歩いていた。
革袋には、討伐報酬。初めての戦利品が詰まっている。手応えは十分であり、冒険者としての第一歩をしっかり踏み出せたという自信があった。
「ふふ…これでまた筋肉を磨く糧が得られますわ」
夕暮れ時の街並みは、人々の喧騒で活気づいていた。市場からは香辛料の香り、パン屋からは香ばしい匂いが漂ってくる。
その中を軽やかに歩いていたアドリアナの耳に、低く澄んだ声が届いた。
「君が――噂の筋肉令嬢か」
ピタリと足が止まる。振り返ると、整った顔立ちの青年が立っていた。
背は高く、仕立ての良い服に身を包んでいる。まっすぐに彼女を見据えている瞳や、立ち振る舞いからして、只者ではない雰囲気を漂わせていた。
「……どなたですの?」
「エティエンヌ・カリエール。冒険者だ」
彼は軽く会釈し、口元に薄い笑みを浮かべる。
「カリエールといえば伯爵家の方ですわね。そんな方がどんなご用で?」
「よくご存じで。ただのしがない三男坊さ。――ギルドで君の噂を聞いたんだ。初依頼で獣を仕留め、しかも余裕を見せていたと」
「まあ、噂とは早いものですわね」
アドリアナは驚きながらも、頬に手を当て優雅に返す。
「君の力、ぜひ確かめてみたい。……手合わせを願えないか?」
不意の申し出に、アドリアナは目を輝かせた。初対面で決闘を挑むなど無礼に思える。けれど彼の瞳は真剣で、挑発が侮辱の色は一切なかった。
アドリアナの中に、むくむくと湧き上がるものがある。挑戦を受ける者の誇り。そして、強者と拳を交える機会を逃したくないという熱。
「よろしいですわ。その挑戦、受けて立ちます!」
二人はギルドの裏にある訓練場へと移動した。
簡素な柵に囲まれた空き地。地面は踏み固められ、武器の傷跡がそこかしこに残っている。夕日が傾き、赤く染まる空の下で、二人は向かい合った。
「では、遠慮なく」
エティエンヌはそう言うと、ゆっくりと上着を脱ぎ始めた。その下から現れたのは、服の上からでも分かるほど、無駄のない肉体だった。広すぎず、狭すぎず、均整の取れた肩幅。背筋は真っ直ぐに伸び、胸板は厚く、腕はしなやかに盛り上がっている。
その瞬間、アドリアナの心臓が跳ねた。
「……なんて、なんて美しい筋肉……っ!」
骨格そのものが絵画のように整い、肉体はそれを引き立てるように鍛え上げられている。アドリアナは危うく更なる賛辞を言いそうになり、慌てて拳を構えて誤魔化した。
「始めますわ!」
鋭く踏み込み、拳で殴り掛かる。エティエンヌは木剣で素早く受け流し、反撃の突きを繰り出した。
その動きは派手さがない代わりに、一切の無駄がない。まるで研ぎ澄まされた刃物のような正確さだった。
「やりますわね!」
「君こそ。力任せではなく、理にかなった動きだ」
拳と剣が打ち合わされ、乾いた音が響く。拳が刃に当たる瞬間、骨を軋ませる衝撃が走る。それでも筋肉が衝撃を受け止め、押し返す力へと変えていく。
アドリアナは正面から受け止め、鍛えた腕力で押し返す。だがエティエンヌも下がらない。両者の筋肉が張り詰め、互いの体温がぶつかり合う。
「まだまだ、ですわ!」
息を合わせ、時に斬り結び、時に踏み込みを競う。汗が額を伝うのも構わず、二人は全力でぶつかり続けた。
数分後。アドリアナが大きく踏み込み、渾身の拳を振るう。エティエンヌは咄嗟に受けたが、その力に押され、ついに後退した。
砂埃が舞い上がり、静寂が落ちる。
「……見事だ」
エティエンヌは木剣を下ろし、素直に降参を告げた。
「ふふっ、あなたも素晴らしかったですわ」
アドリアナは息を弾ませながらも、瞳を輝かせていた。視線の先で、エティエンヌの汗に濡れた髪が額に張り付き、その下で鎖骨が美しく浮き上がる。
「特にその筋肉。骨格から美しく、理想的な鍛え方をされていますわ」
つい本音が漏れてしまった。それにエティエンヌがふっと笑う。
「君にそう言われると光栄だな。……また、手合わせを願えるだろうか?」
「もちろんですわ! いつでも受けて立ちます!」
胸を張って答えるアドリアナ。その頬は紅潮し、鼓動は高鳴っていた。そして彼が去っていく後ろ姿を見送りながら、小さく呟く。
「骨格から美しい……そんな方、初めて出会いましたわ」
新たな挑戦者との邂逅は、アドリアナの心に小さなときめきを残したのだった。




