第十六話 筋肉令嬢と初めての戦利品
冒険者ギルドの掲示板には、ずらりと依頼書が貼られていた。野獣の討伐、荷物の護衛、薬草の採取。初めて依頼を受ける者はたいてい薬草採取や荷運びを選ぶのだが、アドリアナの視線はひときわ荒々しい文字に釘付けになった。
『近郊の森にて、野獣出没。被害拡大につき討伐依頼』
「……これですわ!」
彼女は力強く依頼書を引き抜いた。
早速受付に持ち込むと、職員の目が丸くなる。
「えっと……アドリアナさん。初依頼でいきなり野獣討伐は――」
「問題ございませんわ。筋肉がありますから!」
堂々と答えるアドリアナに、職員は頭を抱えるように溜め息をついた。
「普通は薬草採取から始めるんですが……まあ、アドリアナさんなら大丈夫かしら…」
依頼書に印が押され、正式に依頼が受理される。アドリアナは誇らしげに笑った。
「ふふっ、これが冒険者としての第一歩ですわ!」
***
森は昼でも薄暗く、湿った土と枯れ葉の匂いが漂っていた。鳥の声は不思議と少なく、代わりに低いうなり声が木々の奥から響いてくる。
「来ましたわね…野獣の気配!」
アドリアナは腰を落とし、身構えた。
ガサリと茂みを割って現れたのは大きな猪だった。全身を覆う剛毛、鋭く伸びた牙。村人に被害を出していたのは、この獣に違いない。
「お相手いたしますわ、猪殿!」
突進してきた猪に対し、アドリアナは正面から踏み込み、両腕を広げて受け止める。ドンッと激しい衝撃が全身を揺らし、靴底がずるりと後退する。肩に鋭い痛みが走ったが、アドリアナは歯を食いしばり踏みとどまった。
「くっ、なかなかの重量感ですわね! けれど、まだ私の大腿筋は折れませんわ!」
腕に力を込め、猪の動きを封じる。暴れる身体を押さえ込むと、筋肉が隆起し、軽装の袖がぱつんと張り裂けそうになった。
「さて、反撃ですわ!」
アドリアナは身体を捻り、渾身の投げ技を繰り出す。巨体が宙を舞い、地面に叩きつけられた猪は、しばし痙攣するとぐったりと動かなくなった。
「やりましたわ!」
心臓の鼓動が早い。いくら自分の筋肉を信じているとはいえ、やはり初めて野獣に立ち向かうのは緊張していたらしい。
だがその直後、別の方向から低い唸り声が響いた。振り向けば、さらに二頭の猪がこちらを睨んでいる。
「まあ! まだ仲間がいましたのね!」
二頭同時に突進してくる。アドリアナは一頭をかわし、もう一頭に正面からぶつかる。拳を振るうと、乾いた音とともに猪の鼻先を打ち据えた。痛みに怯んだ隙を逃がさず、膝蹴りを繰り出す。
「筋肉の力、存分に味わうのです!」
もう一頭は背後から迫っていたが、アドリアナは腰を捻り、全身を回転させると回し蹴りを叩き込んだ。巨体がよろめき、転倒する。
荒い息を吐きながらも、彼女の表情は晴れやかだった。
「これで三頭、討伐完了ですわ!」
荒い息を吐くたびに、胸の奥が熱く脈打つ。猪を倒した達成感の裏に、ほんの僅かだが命を奪った実感が胸を刺す。
「……これが、人々を守るということ。ならば筋肉に託した力で、必ず守り抜きますわ…!」
こうして一人で討伐を完了させたことで、アドリアナは自分の筋肉にさらなる信頼を寄せるようになった。
***
猪たちの巨体を引きずりながら、アドリアナは冒険者ギルドへと戻った。驚きの声を上げた冒険者たちが、口々に称賛する。
「すごい…たった一人であれを?」
「尋常じゃないな…あの筋肉令嬢…」
カウンターに向かうと、依頼を受けた職員が目を丸くして出迎えた。
「まさか本当にやり遂げるなんて…! 初依頼で猪三頭は前代未聞ですよ!」
「筋肉を信じて挑めば、成せぬことなどありませんわ!」
その言葉に、周囲の冒険者たちがどよめいた。
「本当にやりやがった…」
「筋肉布教の噂、本気だぞあれは…」
「今度の依頼、組んでみるか……いや、オレが足を引っ張るかもしれん」
アドリアナは微笑みながら、報酬を受け取った。重みよりも、心に宿る達成感が何より嬉しい。
「これで冒険者として、筋肉をさらに鍛えることができますわ!」
掲示板を振り返り、彼女は次なる依頼に思いを馳せる。冒険者としての道は、まだ始まったばかりだ。
「筋肉よ、さらなる強さを私に授けるのです!」
夕暮れに赤く染まるギルドの窓を背に、アドリアナは力強く拳を握った。
ちなみに余談だが、野獣の討伐証明は一部を切り取るだけで良いということを、この日彼女は学んだ。
アドリアナは三頭の巨体をずるずる引き入れた瞬間、床板がミシミシと悲鳴を上げ、職員が青ざめて叫んだ。
『ちょっ、ちょっと! まさか丸ごと持ち帰ったんですか!? 討伐証明は牙一本で十分なんですよ!』
『まあ、そうでしたの? なら次からは、無駄に筋肉を使わずに済みますわね』




