第十四話 筋肉令嬢と真剣な弟子
鍛えた筋肉は裏切りません。
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午後の授業を終えたあと。王立学園の裏手にある鍛錬場で、アドリアナは仁王立ちしていた。その前で、マティアスが所在なげに立っている。
「最初にリュサール先輩の実力を見せてください。まずは軽く腕立て二百回してみましょう」
アドリアナがいきなり宣言すると、周囲で鍛錬していた学生たちがどよめいた。
「に、にひゃ……」
マティアスの顔が青ざめる。
「ドラクロワ嬢、それはさすがに無謀です。正しいフォームで二十回やるほうが――」
「理屈はあとです! まずは先輩の実力が見たいのです!」
アドリアナは率先して地面に伏せ、豪快に腕を曲げ伸ばししていた。腕がしなやかに隆起し、背筋まで見事に引き締まっている。マティアスはその姿に一瞬見惚れ、慌てて自分も地面に手をついた。
――が、やはり力不足は否めない。五回を超えたあたりから、腕が震え始める。
「はぁ…はぁ……だ、だから、言った、のに…!」
「リュサール先輩、がんばって! まだ始まったばかりですわ!」
アドリアナは涼しい顔のまま、数十回を重ねていく。その勢いの良さに、マティアスは思わず苦笑した。
(理屈じゃなく、ドラクロワ嬢自身が説得力なんだなぁ)
しばらくして二人は立ち上がる。マティアスはよろけていたが、どこか満足そうな表情を浮かべていた。
「次は重量挙げですわ!」
アドリアナは鍛錬用に食堂から借りてきた、ジャガイモが積み込まれた木箱を軽々と抱え上げる。周囲の学生から、歓声があがった。
一方マティアスは、木箱を持ち上げることは叶わず、ぷるぷると全身を震わせていた。
「……じゅ、重量は自分に合ったものを選ぶべきですね。怪我をしたら元も子もありませんから…」
気恥ずかしそうに顔を赤らめながら、マティアスはぽつりと呟く。その一言に、アドリアナは衝撃を受けた。
(そうだわ、トレーニングは少しずつ負荷をかけて行うもの…! 虚弱だった頃の自分を忘れてしまうなんて、私ったら、うぬぼれていたのだわ)
そうして自分に気づきを与えてくれたマティアスに、彼女の胸は高鳴った。しかし今は鍛錬中であることを思い出し、慌てて首を振り、気を取り直す。
「よし、次は模擬戦をしましょう!」
木剣を手にしたアドリアナが笑う。マティアスはその迫力に息を呑み、慎重に構えた。
「――分かりました。全力で挑ませてもらいます」
砂地を蹴り、二人の木剣がぶつかり合う。アドリアナの力強い一撃を、マティアスは小さく身体を捻って受け流す。その冷静な判断力に、アドリアナは驚いた。
「リュサール先輩、やりますね!」
「理屈で動きを先に読めば、多少は…!」
力では到底アドリアナには叶わない。マティアスは数合受け流しながらアドリアナの癖を見極めようとしていた。
二人の木剣がぶつかるたび、マティアスの真剣な眼差しと、わずかに汗ばむ頬が目に入る。思わず心がざわつき、アドリアナは一瞬息を詰めた。理論で冷静なはずの彼に、こんなにも頼もしさを感じるなんて。胸の奥で何かが弾け、顔が熱くなる。
マティアスはその隙を見逃さず、木剣の切っ先を彼女の喉元へと突き付けた。
「……僕の勝ち、でしょうか」
マティアスが息を荒げながらも微笑む。アドリアナはしばし呆然と彼を見つめ、やがて笑い声を上げた。
「参りましたわ! 理論派だとおっしゃっていましたが、十分お強いですのね!」
自然と拍手が巻き起こる。周囲の学生たちは『妙なコンビだな』、『でも意外とお似合いかもしれない』などと囁き合っていた。
アドリアナはマティアスに拍手を送りながらも、心臓が早鐘を打っているのを感じていた。
(理論だけじゃなく、あの真剣な目…。私の筋肉とは違う強さを見せられた気がしますわ…)
その胸の高鳴りを悟られまいと、彼女は再び笑った。
「リュサール先輩、あなたには可能性があります! 理論と筋肉が合わされば最強ですわ!」
マティアスは眼鏡を押し上げ、少し照れたように頷いた。
「ぜひ、よろしくお願いします」
二人の奇妙な師弟関係――そして新たな関係の芽吹きが、この日始まったのだった。




