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第十二話 筋肉令嬢と街角アクション


「良い筋肉のためには、良い休息も必要! ということで今日は街歩きですわ」


 ある日の休日。アドリアナは侍女とともに街に出かけていた。


「アドリアナお嬢様、最初はどこから向かわれますか?」


「そうね……やはりまずは、トレーニング器具を見に行くところから始めましょう」


 侍女を連れて、贔屓にしている道具屋へと向かう。この店は実にドラクロワ家の好みを把握していて、世界中からさまざまなトレーニング器具を仕入れてくれてた。


「こんにちは、ご主人」


「いらっしゃいませ。――ああ! アドリアナお嬢様!」


 ドラクロワ家はこの店にとっての上客だ。店主は客がアドリアナだと分かると、ぱぁっと顔を明るくした。


「今日は気分転換に街にまで来ましたの。何か新しい器具はあるかしら?」


「ちょうどいいところにお越しになりましたな! いくつか仕入れたものがありますよ」


 店主がカウンターの奥から何かを取り出す。そしてカウンターの上に、三つの商品が並んだ。


「一つ目はこれ、ハンドグリップという器具です。ゴムの木から取れた素材を固めたもの、これを握るだけで握力が鍛えられるという代物ですな」


「まあ! こんな手のひらサイズのもので握力が鍛えられるのですか? これならいつでもどこでも鍛えられますわね!」


 アドリアナはハンドグリップを手に持ち、繰り返し握りしめてみる。しっかり握らないと曲がらず、良いトレーニングになりそうだ。


「続いての商品はこちら。スキップロープというものです」


「これは…縄、かしら?」


「ええ。両手用に取っ手のついた縄で、こう手に持って回しながら跳ぶんです」


 店主が縄跳びをする仕草を見せる。それを見て、アドリアナはほぅと感嘆の声を漏らした。


「これは良い全身運動になりそうですわね。持久力の向上にも繋がりそうですわ」


「さすがアドリアナお嬢様。お目が高いですな。おっしゃる通りです」


 そして三つ目の商品。小さな車輪の両サイドに取っ手がついた形をしている。


「これはアブローラーと言いましてな。この両サイドの取っ手を握って、床の上で前後に転がしながら腹筋を鍛える器具になります」


「こんな車輪で腹筋が…!? なんて効率的な器具なんですの…!」


「どうです、アドリアナお嬢様。気に入った器具はありますか?」


「全部頂戴するわ、ご主人。家族の分も含めて五セット分、ドラクロワ家まで届けてもらえるかしら?」


「もちろんです!ありがとうございます!」


 良い買い物をしたと満足したアドリアナは、ふと思い立って本屋に向かうことにした。ちょうどそのときだった。


「わあっ!」


 男性の大きな声がして、何かが崩れる激しい音が聞こえてきた。アドリアナは音がした方へと歩みを変える。するとそこには、荷崩れを起こしたらしい荷馬車が停まっていた。


「あら。大変なことになっていますわ」


 馭者は慌てて荷物を片付けようとするが重く、アドリアナは黙って見ていられなかった。


「そこのあなた! 私も手伝いますわ!」


 そう言ってアドリアナは両腕に荷物を抱え、馭者の手を借りることなく次々と積み上げていった。その様子に馭者は目を丸くし、周囲の人々も息を呑む。


「ほら、何をしているのです。早く片付けてしまわないと、通行の邪魔になりますわ」


「は、はい…!」


 どっしりとした重量のある木箱を三つ重ねながら、馭者に声をかける。すると彼ははっと我に返ったように、荷物を一つずつ運んでいった。


(この荷物、なかなか良い重さですわね。思わずトレーニングができて嬉しいですわ)


 アドリアナが次々と荷物を運び、あっという間に片付けていく。そうして荷物を完全に戻し終えると、馭者は何度も彼女に礼を言いながら、去って行ったのだった。


「さすがアドリアナお嬢様ですね! 素晴らしい筋肉です!」


 ドラクロワ家の侍女もまた、筋肉に毒されているらしい。決して年頃の令嬢に向かって投げる言葉ではない。


「大事になる前に片付いて良かったですわ。さあ、次のお店に行きましょう」


 そして本屋では、『筋肉礼賛! 腕は語る、胸板は叫ぶ』、『上腕二頭筋の哲学:強さと美の均衡』という二冊を購入した。一冊は筋肉の素晴らしさを褒め称えるもの、もう一冊は筋肉のつき方の黄金比を求める内容の本だった。


「良い本が見つかって良かった! これはお兄様方も読みたがるに違いないわ!」


 ほくほく気分で街歩きを進める。そろそろ疲れてきたので、休憩にどこかのカフェにでも入ろうかと侍女と話しているときだった。


「うぇーん!」


 小さな子どもの泣き声が、アドリアナの耳に届いた。


 その音を辿って向かってみると、どうやら大きな街路樹に風船が引っ掛かってしまったらしい。小さな子どもが風船を見上げながら、大きな泣き声を上げていた。


「まあ、あんなところに風船が。木を伝っていけば、手が届くかしら?」


 一般人であれば、ここで木によじ登ることを考えるであろう。しかしアドリアナは違った。腰を落とし、その跳躍力を生かして地面を蹴り、反対の足で街路樹の幹を蹴って一回転。勢いを利用して風船の紐に手を伸ばした。


 それはまるで、曲芸のようである。


 泣いていた小さな子どもも泣き止んで、アドリアナの動きを見つめていた。


「よし、届いた!」


 高さは少なくとも三メートルくらいはあるだろうか。そこから易々と着地して見せたアドリアナは、笑顔で小さな子どもに風船を手渡した。


「もう離さないように気を付けるのですよ」


「うん! ありがとう!」


 ――『街に親切な筋肉令嬢現る』。そんな見出しの新聞が発刊されたのは、翌日のことであった。


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