後編
全員どれが正解なのか分からない状態となっていた。だが、「溶けてる!」「溶けてない!」という単純な言い合いが、徐々に各々が論理的に明確な根拠の下意見を言うようになった。
「持ち運んでいる時点で溶けていたのでは…」
「1日待てば確実に溶けていないアイスは食べられるのではないか?」
話を深くするほど深くするだけ、思考が周りそしてループしていく。部員が話したり自分が話す度に頭が痛くなったり、ジリジリとする感覚があるが、なぜだか心地良い。
(なるでサウナに入っているようだ…)
そして、あーだこーだ言っている内に時間は過ぎていった…
疲れ切った表情の西崎が手を挙げた。本当に疲れたのか手は肩の高さまでしか上がっていない。
「部長、これを話し始めて1時間半くらい経ちました…もう、さすがに…」
続けて西崎の隣に座って終盤はほとんど体育座りのまま寝ていた赤山が、
「…ふぁ……もう溶けてる溶けてないとか……どうでもよくないっすか?……」
そう途中あびくをし手を口元に押さえながら言った。
冷蔵庫の前で1時間半以上も、アイスが溶けているか溶けていないかについてひたすらに議論する男子高校生は全世界、いや全宇宙探しても僕たちだけに違いない。
(もういい加減冷蔵庫を開けても…いや、もう帰ってもいいか…)
僕がそう思ったとき、体育館の奥から扉を開ける音が聞こえた。
ガラガラガラ!!
「ウィィィっす!!あれ?今からバスケ部練習だったと思うんだけどなあ…」
「お、お前は!?!?」
暑い暑い夏の日差しの彼方から、彼は誰だ?…ん、まさか!?あ、あれは!!
「重谷、お前来てたのか!?」
「あ、部長!今日暇だったんで来ましたー」
重谷瑛人、彼は副キャプテンという立場でありながら遅刻常習犯。休日も基本的に部活はサボり夏休みに入って学校にすら一度も来なかった部員である。しかしこいつのバスケの腕前はとんでもないもので、全国常連の強豪校からもスカウトが来たほど。そして……
「重谷、お前もう部活終わって1時間半以上経ってるんだけど、何で来たの?」
「んえ?あ、時計の短い針と長い針見間違えてたわ」
そう、彼はものすごくバスケの腕前こそ良いものの、頭の方が…筋肉で構成さえているというか……強豪校からのスカウトを蹴った理由が「定期作るのがめんどくさい」という理由なので、もう説明は十分だろう。
彼は久しぶりに恋人に会いに来たのかとでも言いたくなるような勢いで僕らのところまでやってきた。
「なんだおめーら、冷蔵庫の前でキャンプファイヤーでもしてたのかよ!マシュマロやろーぜ!!」
(なんか腹立つけど何も言い返せねえ…)
「えっと、今この冷蔵庫にアイスがあんだけどさ___」
「お!アイスあんの!?もらっちゃおー」
と言って重谷は冷蔵庫の扉を開けた。
「あ!!」とその場の部員が口を開け冷蔵庫を指差した。
冷蔵庫の扉の先にあったのは……
「こ、これは……」
さっきまで眠そうに目を擦っていた赤山が瞬き一度することなく瞼を全開にして冷蔵庫に近づきぶるぶると震えた手を冷蔵庫の前へ近づけていった。そして他の部員も同じように冷蔵庫に近づいていく。まるで、常夏の砂漠を何日も歩き続けた旅人がオアシスに辿り着いたかのように。
「冷たい…涼しい…素晴らしい……」皆々神に頭を下げるようにそのオアシスを堪能していた。
「別にアイスはアイスだし溶けてようが固まってようがアイスはアイスだろ」
「重谷先輩……もっと早く来てれば……」
「なんだ西崎、おれはオンラインゲームと睡眠で忙しかったんだ!文句は文部科学省に___」
「こんないいとこ取り泥棒なんて一旦忘れて…みんな、スプーンの準備はできたか!」
「はい部長!」オアシスに群がる部員たちは雄叫びを上げた。
ガッガッガッ!
鉱山で金を掘るように、スプーンをアイスに刺していく。
体育館には幸せの音がずっと、ずっと、鳴り響いていた。
「ああ、整った……」




