episode1:戦士、幼女とじじいに拾われる
俺、ライル・ウォードは隣国との戦争で死亡した。
魔鉱石戦争。自らの魔力を高めることができる鉱石を巡ってこの戦争は勃発した。俺は、俺たちの国“オクトノリア”を守るために戦地へと赴いた。
魔法を使うことが当たり前のこの世界で、俺は魔法を使わない。使えない。信じることができるのは、この大剣のみ。白銀と紅の鎧で身を包み、魔法を弾き飛ばすことのできるこの大剣で、俺は国を守り抜いてみせる。はずだった。
炎や氷の魔法を次々に弾き飛ばし、旋風のごとく敵を薙ぎ倒していったまでは良かった。目の前に隊長格の女騎士が現れて、魔法で体の動きを封じられてしまった。あっという間に敵に囲まれた俺は、彼らに光の魔法を放たれた。
俺は最後の力を振り絞って、隊長格の女騎士に向かって大剣を投げた。意識が薄れゆく中で、大剣が女騎士の鎧を砕きながら脇腹に突き刺さるのを見届けた。
くそっ、俺はここで死ぬのか。まあ、国に忠誠は尽くせた。悪くない人生だったろう。
気がつくと、目の前には真っ青な大空が広がっていた。小鳥たちが囀る声が聞こえてくる。心地よい風が頬を撫でる。草戦ぐ、穏やかな丘の上で、俺は仰向けに寝そべっていた。
沢山の人たちを殺めた俺が、何かの間違いで天国にでも来てしまったのだろうか。
そんなことを考えていると、一人の幼女が寝そべる俺のことを覗き込んできた。
「おっちゃん、面白い格好してるね。日向ぼっこでもしてるのか?」
俺は幼女の姿を凝視した。
天使でも迎えに来たのだろうか。年は十にもいってないように見える。それにしても、上半身は白の薄い布一枚。下半身は多少ましな生地ではありそうだが、太もも部分までしか肌が覆われていない。そして裸足。髪は長すぎず、さっぱりとしている。小綺麗ではあるが、まるで奴隷のような格好だ。
「餓鬼、あんたは神様の奴隷か?」
「神? 奴隷?」
幼女はきょとんとした表情で、首を傾げながら俺のことを見つめ続けた。
「ここは天国なんだろう? さっさと俺を案内しろ」
「何言ってんだおっちゃん。ここは日本のクスノキ村だぞ」
太々しく幼女に問いかけると、彼女は不思議そうに答えた。
「あんたこそ何を言って……」
「あ! じっちゃん! おもしろニートが日向ぼっこしとった!」
俺が言葉を言い終える前に、幼女はどこかに向かって走っていってしまった。俺は彼女を視線でおいかけるため、重い上半身を起き上がらせる。
すると幼女が走っていった先には、幼女と同じような格好で藁で作った帽子を被り、片手に糸のついた棒を持つ老人が居た。
「あかり! そんなふうに言ったら失礼じゃろうて! うちの孫がすまんかったな。……ところでお前さん、見ない顔だな。そんな格好で、こんな辺鄙な村に何しに来たんだい?」
老人は幼女と共に俺に近づくと、「若者が来てくれるのは嬉しいけどよぉ」などぶつぶつと呟きながら俺のことを眺めた。
「俺は死んだんだろう? さっさと俺が居るべき場所に連れて行け」
「なーに言ってんだ。ここは現世だよ。お前さん、どっから来たんだ?」
「俺はオクトノリアという国から来た」
俺の言葉に、幼女と老人は再び不思議そうな顔をする。
「じっちゃん、オクトノリアってどこ?」
「わしもそんな国、聞いたことないのお」
だめだ。この人たちじゃ話にならない。俺のイライラが募るばかりだ。
「もういい、俺は一人で神を探す。文句の一つでも言ってやらないと気が済まない」
そう言って俺は立ちあがろうとした。しかし、立ち上がれなかった。足に力が入らない。いくら力を入れようとしても、足が震えて崩れ落ちてしまう。
「おい、お前さん大丈夫か? どこか怪我でもしてるんじゃないのか?」
老人が心配そうに俺を見つめてくる。そんな目で俺のことを見るな。そこまで俺は落ちぶれてはいないはずだ。
「ねえ、じっちゃん。この人、うちに連れていってあげようよ。あかり心配だよ」
「そうだな。このままじゃおまわりさんに連れて行かれてしまうかもしれんしのお。悪い人じゃなさそうだし、ちょっとうちで休ませてみるかの」
老人が俺の脇に腕をまわした。老人の力を借りて、俺はやっと立ち上がる。不甲斐ない気持ちでいっぱいだ。
「おいじじい、どこへ連れて行く? ようやく神のところへ連れていってくれる気になったのか!?」
「はいはい。神のところに行きますよ」
「おっちゃん、本当に面白いな」
俺は幼女と老人と共に、丘を下っていった。
しばらく歩き、一つの建物の前で幼女と老人は立ち止まった。木造の小さな家屋だ。
こんなところに神様はいるのだろうか。というかそもそも、ここは天国なのだろうか。俺は首を捻らせる。
今思えばここまでの道中、俺が想像する天国とここの風景は大きくかけ離れたものだった。のどかではあるのだが、どこか現実味のある景色。天国ではなく、ただ異国にやって来ただけのような。そもそも、天国に来たのであれば、こんなにも体が重く、だるさを感じるものなのだろうか。
「ささ、あがれあがれ」
老人が鍵を回し、ドアを横にスライドさせて俺を中に担ぎ込んだ。
「あかり、この人に水持ってきてやれ」
「ラジャー!」
幼女が俺たちの脇をすり抜けて小走りで奥に消えていく。俺たちも彼女の後を追うように廊下を進むと、スライド式の扉を開き、小さな部屋へとやってきた。部屋の中心には木でできた丸いテーブルが置いてあり、俺はその側に座らせられた。辺りを見回すと、大きな黒い箱や小さくて四角い板のようなものなど、見たこともないような道具がいくつかあった。
奥の部屋から幼女が透明なグラスを持って走ってくる。
「お水注いだ。これは相当高級だぞ。1億円はする」
「円とはなんだ? この世界での貨幣か?」
俺が幼女に問いかけると、「鵜呑みにすんな、ただの水道水だ」と老人はケタケタと笑っていた。
俺は幼女からグラスを受け取り、毒が入っていないかと一瞬考える。しかし、すでに俺は死んだはずじゃないかと、先程までの自分の考えを冷笑すると、それを一気に飲み干した。
少し経つと幾分か気分が良くなってきた。
「顔色良くなってきたな。ところでお前さん名前は?」
老人が俺に問いかける。
「……俺の名はライル。ライル・ウォードだ。一応、あんたたちの名前も聞いておこう」
「宮森健二だ。よろしくな!」
「あかりはあかりって言います。以後お見知りを……」
健二は豪快に笑いながら名乗り、あかりは何故か座って頭を下げながら名乗った。
「あかり、なんだそれ?」
「すず姉がお見合いの時はこうするんだって言ってた」
「鈴音のやつ、あかりにまた余計なこと教えて……」
話がよくわからない方へと脱線しているのを感じ、俺は声をあげる。
「おい、一つ質問いいか?」
「なんだ? ……ライル」
「ここは天国ではないのか? 俺は死んだのではないのか?」
今までずっと疑問に思っていたことをぶつけた。体を纏う鎧の感覚、水が喉を伝う感覚、死んだにしては感覚がはっきりとしすぎている。もしや、俺は死んでなどいないのではないか。
そんな思いが、あかりの返答によって確信に変わる。
「何言ってんのおっちゃん。おっちゃんは生きてるよ。呼吸もしてるし、お化けじゃないね」
あかりは、俺の口に顔を近づけてから屈託のない笑顔でそう言った。
「そうだぞ。ここは何にもないところだが、決してあの世なんてことはないぞお」
健二は笑いがらそう答える。
「じゃあ、ここはどこなんだ!」
「さっきも言ったけど、ここは日本だぞ。クスノキ村っていうなーんにもない村だけどな!」
あかりは笑顔のままで答える。
だから日本ってなんだよ! どこなんだよ!
知らない地名に知らない景色。得体の知れない情報が脳内を駆け回り、意識が再び遠のいていきそうになる。ただ、「あはは」という、あかりの明るい笑い声が頭の中に響いていた。
半分おふざけ。ゆるく、不定期で更新しようと思っています。短めの話だったり長めの話だったり、その時の気分で変わっていくと思います。多少、シリアスなエピソードも出てくるかもしれませんが、そんなに堅くならないようにやっていこうと思います。