松方悠馬 1
優等生の心が張りつめていく事に気付いてケアしてやれるほど、余裕のある同級生は周囲にいなかったし、松方にしても彼らの忠告を素直に聞くような性格じゃない。気にしているのは失踪した教師の事で、昨日はとうとうサエセンの家を訪ねた。
「場所知ってるって奴がいてさ、ほら平木町の二棟並びの、マトバハイツ。でもインターホン押したけど、やっぱり出なかったな。居留守かとも思うんだけど」
二限は体育で、テニスコートを交替で使っていくのだが、松方はフェンスにもたれてサボっている。
「松ちゃん、一人で何をぶつぶつ言ってるんだ?」
にやにやとクラスの男子達がからかうが、作り笑顔で軽くあしらうと、白けたという風にコートの順番待ちに加わりに行く。
「まあサエセンの事はいいや。お前、『フクマ』を知ってるか?」
もう去年の話だけれど、生徒数人のロッカーに差出人不明の紙包みが入れられていて、どれも中身は手作りの衣類という出来事があった。不定期に六度、謎めいたプレゼントは生徒間では新鮮な話題で、特に女子達の間では服を贈られる事がステータスのようになり、正体不明の贈り主は、通り魔になぞらえて服魔と呼ばれていた。
「最後に貰ってたのはA組のノッポの子で、あれが十二月だったから、半年くらい前か。犯人は前の三年生で卒業したなんて言われてるんだけど。でも本物が黙っていなくなったんなら好都合ってもんでさ、思い付いたんだ」
俺が服魔になればいいんだよ、と松方は真顔で言った。
デパート三階の婦人服売り場を、学生服のまま見て回る。服魔の贈り物は全てハンドメイドだったが、そこは松方にとって重要じゃなく、適当に入った店で、新作コーナーの夏服を物色する。橋田杏里は猫背でわかりにくいが、女子にしては背が高い方なので、大人向けの服でも着こなせるだろう。
「プレゼントですか?」
「あー、はい。身長が僕と一緒くらいで、細身で弱気な感じの女の子なんですけど。何か牧歌的っていうか、ヒツジとかヤギとか、ああいう雰囲気の」
主観の過ぎる松方の説明を聞きながら、女性店員がくすくすと笑う。背伸びしてデパートで買い物をする高校生を、温かい目で見守っているようだ。
「ガールフレンド?」
「まさか。その子、馬鹿なんで。もう少しましになったら考えてもいいけど」
冗談気のない侮辱発言をどう思ったかは表情には出されず、あれこれと思案し合った結果、花模様が入った綿麻のチャイナブラウスを買うことになった。
透明人間に話し掛けながら上りのエレベーターに乗ってしまい、ついでに立ち寄ったデパート屋上の特設コーナーは、週末の子供向けイベントの準備中で、スタッフが舞台の設置に忙しなく動き回っている。
興味本位に近付いた松方は、衣装と書かれた段ボール箱を見つけて、勝手に中を漁る。演目はオリジナルのヒーローショーらしく、仮面ライダーを下手に真似たようなデザインのマスクを取り出して、面白がって装着してみる。
「似合うか?」
透明人間は答えない。それならと別の箱を開けるが、さらに安っぽい緑のタイツと、市販の目出し帽に手を加えたマスクが数組あるだけだった。
「おーい、勝手に触らないでくれよ」
舞台の下で作業中だったスタッフの一人に注意される。大学生だろうか、がっしりとした体格で、髪の毛とひげが繋がっている。すみません、と軽く頭を下げて衣装を箱に戻す。
「いいけどさ、替えがないからそっちは触るな。雑魚役のなら別に遊んでてもいいよ」
「いえ。お兄さんは劇団の人なんですか?」
「裏方だけどね。雑魚役で舞台にも上がるよ。こんな顔だけど、どうせガワ被るんだから、たまにはメインの怪人くらいやらせてくれてもいいのにな。まあ動き鈍いからしょうがないんだけどさ」
「主役じゃないのに、よくやってられますね」
「シビアな事、言うなあ。だってお前、生まれ持った役回りってのがあるし、ヒーローショーって特にそういう縮図みたいな所あるからな。でも雑魚にも使命はあるし、子供好きだし、趣味としては悪くないよ」
納得顔でうなずきながら話を聞く事は、コミュニケーションにおいて松方が一番得意とする技術だ。
「高校生だよな。週末から一週間やってるから、興味あるなら手伝いに来いよ。雑魚の戦闘員なら飛び入りでも出してやれるからさ」
そう言って、男は作業に戻っていった。
「雑魚の使命だってよ」
吐き捨てるように言い、透明人間の方を見て同意を求める。
「負け惜しみだろ。ヒーロー以外はみじめに決まってる」
誰も何も答えない。代わりに高所に吹く強い風が、彼が手に提げた紙袋をバタバタと揺らしていった。