八.禁忌とされる所以
ハヅキが呪詛のような呟きを続けている間に、ヒノキと大人どもは今後の対応についてその場で話し合い、決定した。すべての神を殺すというのなら、この里にも近いうちに乗り込んでくるだろう。他の里と連携をとる必要もある。里の守りに着く者、他の亜人の里に赴く者、それぞれが行動に移る。
「ハヅキ。」
ヒノキが声をかける。憎悪の滲むハヅキの眼に、ヒノキは溜息を吐く。
「ホヅミを弔ってやらねば。」
ヒノキのその言葉に、見開いたままのハヅキの両目から涙が流れ出る。
「ヒノキ様、どうにもならないの?」
鬼にも人にも、どうすることもできないことは良く知っている。では、神ならば? ハヅキは縋るようにヒノキに問う。
「…。反魂は禁忌の業だよ。」
ハヅキの中に芽生えている感情が、どれほど危険なものか気付いたヒノキは静かに答えた。どうにもならないと切り捨てるような答えをすれば、ハヅキをただの悪鬼に変えてしまうだろう。
「でも、おれ、どうしても…」
必死に縋るハヅキに、ヒノキは一度静かに目を閉じ、誰にも分らぬよう小さく溜息を吐く。
「では、一度わたしの館へ来なさい。…今は少し慌ただしいので、月が上る頃にでも。」
ハヅキの頭を優しく撫で、ヒノキは館へ戻っていった。
「ハヅキ、お前。」
息子を心配してその場に残っていたハヅキの父親は、心配そうにハヅキの肩に手を置く。
反魂の業については、少し前にヒノキから説明があった。あの暴風雨で人の里の被害が甚大であることを知り、どうにか出来ないかと大人どもが集まって話し合った時に、だ。
その時に、手段はあっても実行は進めない。故に、詳細な方法は教えぬ。そうヒノキに言われていた。ただ、何故禁忌なのかだけを教えられただけだ。ハヅキの哀しみの前に、反魂に手を出すなとは言えず、ヒノキが上手く説得してくれることを願うばかりだった。
里の周囲には、いつもより物々しく警護につく鬼どもがいる。それを横目に、ハヅキは里の中央にあるヒノキの館に向かっていた。腕の中には、綺麗に清めたホヅミを抱いている。あれから、ハヅキはずっとホヅミを抱いていた。手を放したのは、ホヅミの体を清める時だけだった。女の子なんだから、と母親に説得されてその時だけホヅミの体を母親に託した。首はそのままハヅキが清めた。
そうして、ホヅミの遺体と共に過ごすうちに誰そ彼時が過ぎて月が昇る。それを確認したハヅキはまるで彼自身が亡霊のような足取りでヒノキの館を目指した。
「ハヅキ、わたしの話をよく聞きなさい。」
人払いをして、ハヅキと二人きり対面で座してヒノキは言った。少し強めの口調に、しかし怯えることもなくハヅキは頷く。
「反魂の業が禁忌であるのはね、その業が破られた時、業を使った者も命を失うからだよ。
こればかりはどうにもならない。なぜなら、反魂の業というものは理を歪める荒業だからだ。」
まっすぐにハヅキの目を見据え、ヒノキが説明する。感情が揺らがないハヅキの瞳に、ああ、決心は変わらないのだろうとヒノキは察する。
「自らの命を失う、と言うのは脅しではないよ。それでも君は…」
「ホヅミが生き返るならそれでいい。ホヅミが生き返らないなら、弔った後… 復讐して、死んだ方がいい。」
どちらにせよ、変わらない。と、ハヅキは暗い感情を湛えた目でヒノキの目を見詰める。決意と言うにはあまりにも破滅的な言葉に、ヒノキは悲し気に目を細める。
「では、反魂の業を使うのなら復讐は止めなさい。」
「分かりました。それが条件なら。」
ハヅキの答えに、ああ、この子供を生き長らえさせるには禁忌の業を教えるしかないのだと、ヒノキは改めて思い知る。
「では、まずは業が破られる条件だ。」
ヒノキのその言葉に、ハヅキが真剣な目で頷いた。