十. 高天原とアマハラ王国
「では、このアマハラ王国は一体なんであるのでしょうか。この世界は…」
部下の不安を受け、公爵は恐る恐る尋ねた。
「ここは高天原、本来はあたしたち天津神の一族が領土よ。ヒルコはその名を残したかったのかもしれないね。だから国の名をアマハラ王国をしたのかも。…今と成っては何も分からないけどね。」
大神の視線を受け、今度はウズメが答えた。天津神のための土地であり、世界。それはつまり、
「神の国?」
誰かが呟いた。そうなのだとしたら、人間こそが異物ではないだろうか。
「この高天原と中津国、根国は垂直に並び一つの世界を創っている。天津神のためのこの高天原は命の源でもある。命が流れ、中津国に満ち、やがて根国へと落ちていく。」
「三界を取り巻く命の循環に、そなたらの生み出す瘴気は悪影響でしかないのだ。現に中津国では諍いが絶えぬ。」
大海原の神と月夜の神が人どもに言い聞かせるように話す。
「本日この時、封印が解け、我らがこの地に戻ったのも、お隠れになった親神の意思かもしれぬ。」
大神は切なそうに大空を見上げた。
「本来、瘴気なんてものはこの世界には存在しないはずのもの。ほんの少し離れていただけで、世界がこんな風になっちゃうなんてね?」
ぐるりと見渡して、ウズメががっかりした様子で言う。王太子たちの肩がびくりと反応した。瘴気を生み出していたのが人間なら、ここには居てはいけない存在なのだろう。
「どうして…」
王太子は小さく呟いた。それならどうして、大昔の洪水の時に全員流されてしまわなかったんだろうか。みんなまとめてナカツクニへ流されていたら、こんな居た堪れない思いをしなくて済んだのに。…それに兄弟喧嘩に巻き込まれたようなものじゃないか。居た堪れなくて肩身が狭くて、そして何より、恥ずかしい。
そこまで思い至って、王太子は急激に羞恥心で死にたくなるほど追い詰められた。
ほんの少し離れていただけ、というウズメの言葉に公爵は痛感する。三千年も昔の建国にまつわる忌まわしい出来事は、神々にとっては僅かの時間であったこと。ただ人間だけが遥か太古の出来事として忘却していたのだ。この鬼族たちも、さぞや滑稽なことだと思っていることだろう。彼らは鬼神になる。いよいよもって、人間に居場所は残されていないのだろう、このタカアマハラには。
それならば、決断しなければならない。本来なら国王に取り次がなければならない程の重大事項ではあるが、果たして。神々はそれをお待ちになるのだろうか。どのみち選択肢は二つしかない。そうして片方は、地獄だ。地獄に違いない。
「殿下、酷なようですがここで決断しなければなりますまい。」
酷い顔色だ、おそらく自分も似たような状態だろう。公爵は溜息を吐きたい衝動を抑えて、王太子に声をかけた。
「父上… 陛下には、報告せぬのか。」
「相手は神です。もはやこれまで、陛下にご報告したとして、何も変わりはしないでしょう。それより、あまり神々をお待たせしない方が良いと考えます。」
その言葉に、ああ、確かになと王太子は頷いた。機嫌を損ねて、根国一択になってしまうのだけは避けたいところだ。慈悲を乞うには、自分たちはあまりにも愚かな行動をし過ぎたのだ、とさすがの王太子にも理解できた。
思い残すことは、聖女サクラのことだ。結局彼女はあの時消えてしまったのだろう。水になってしまった彼女は、ナカツクニ… 日本へ帰れたのだろうか。それとも。王太子は力なく視線を地に落とした。




