九. 中津国と根国
「そなたらの罪はそれだけではない。」
大海原の神が追い打ちをかけるように、言い放った。その言葉に、人どもだけでなく、ミサキもイブキも驚いたように目を見開き視線を大海原の神へ向けた。いったい、何を仕出かしたのだろう。
「そなたらが聖女と呼んだ歴代の者たちは、中津国から召喚していたな?」
「ナカツクニ、ですか?」
心当たりのない言葉に、公爵は怪訝な顔で首を傾げる。聞いたことの無い国の名前だった。忘却の呪いのせいで、記憶は定かではないが聖女たちは口を揃えて言っていたはずだ。『日本に帰りたい。』日本と言うのが国の名前だったはずで、ナカツクニと言う国名は初めて聞いた、はずだ。公爵は視線を同行者たちに向ける。その視線を受けた彼らも、ある者は不思議そうに、ある者は困惑した様子で首を横に振る。
「中津国とは下界の一つ。人族が多く住む国だ。…かつての大災害の折、洪水に流された人族が辿り着いた場所とも言う。」
「そなたらの聖女召喚は、その中津国から先祖返りしてこの地と相性の良い者を呼び寄せる術だ。」
大海原の神と月夜の神が、疑問に答える。聖女召喚だけでなく聖女そのものについての記憶も曖昧になりつつある今、自分たちがそれを知っていたのかさえ分からない。
だが、そうだとしたら…
「我々は、かつての同胞になんという仕打ちをしていたのか…」
公爵は今さらながらも胸を痛め、絞り出すような声で呟いた。王太子も、全く別の世界の人間で王国とは関わりが無いと思っていたからこそ、サクラを思うままに扱っていたというのに、と動揺した。
「瘴気は負の感情からも生まれ出づる。ヒルコの神殺しの穢れを温床とし、そなたら人どもの醜い感情が瘴気を生み出し増幅しているのだ。」
人どもの動揺を尻目に、大海原の神がそう続けた。
「罪を拭えないどころか瘴気を生み出し続けるそなたらを、これ以上この地へ置くわけにはいかぬ。せめて選ばせてやろう。中津国へ逝くか、根国へ逝くか。」
月夜の神が最後の情けとばかりに選択を迫った。
「ネノクニ、とは一体どのような国なのでしょう。…それに、ナカツクニもかつての同胞が住んでいるとのことですが、正直何が違うのかも分かりかねます。」
「根国についても失われたか。」
呆れたと溜息を吐いた大神が呟く。そうしてちらり、とミサキたちの方に視線を向けた。ああ、説明をしろと言うことか、と察したミサキが再び発言の許可を申し出る。許す、の言葉に判断が間違っていなかったと胸を撫で下ろし、ミサキは根国について説明をすることにした。
「私から説明しますね。かつて、この世界にはソウズカと呼ばれる河がありました。その河の先には死の森、死の谷があり、寿命を迎えたものはそこで死を待ったものです。ですが、あの洪水の後、ソウズカから先の地は無くなりました。ネノクニという別の地へと切り離されたのです。…ネノクニとは、要は死者の国です。邪鬼が住まい、時折死者を捕食しているとも聞いています。」
「だが…! 死者は埋葬するではないか。」
ミサキの説明では、救いの無い世界のように聞こえる。同時に、死者は弔い、埋葬しているのだ。ネノクニとやらに送り出した覚えも無い王太子は思わずそう聞き返すのだった。
「埋葬された死者は一定の期間が過ぎるとネノクニへと落ちていくのです。古い遺体は、墓を掘り返しても見付からないと思いますよ。」
「そんな…」
「墓を暴くなんてこと、しようとも思わないから知ることもなかったんだな。」
イブキが仕方のないことか、と呟くように言った。遷都の際に、一体どれだけの真実が失われたのだろう。それで幸せだったのだろうか。魔王に全てを擦り付けて、夢の世界で生きていたようなものではないか。
「中津国はな、普通に人どもの国がある。普通に生活しているが、魔法のようなものは無い。この世界の下位互換と言っても良いかもしれないな。根国よりはマシではあろう。」




