八. 神殺しの罪の果て
鬼族が鬼神と成り、神の末席に迎えられた。その出来事に、その場にいた人族も自分たちも同じように神の末席に迎えられるだろうと期待を隠せずにいた。
たとえ末席であろうと神は神、瘴気に怯える必要も無くなる。聖女を召喚できなくなった今、これ以上の恩恵はないであろうと誰もが考えていた。
「瘴気の原因でもある人の子らよ。」
その声はとても冷たく、攻撃的でもあった。三貴神の視線は冷ややかに人に注がれている。思いもよらない神々のその様に公爵以下、全員の顔から血の気が引く。
「! 何を根拠に瘴気の原因が我々だと仰るのですか⁉ 神々といえども、戯れが過ぎるのではありませんか!」
王太子が側近の手を振り切り、叫び散らした。
歴史の真実が散逸した彼ら人族にとっては、いわれも無いことかもしれない。とイブキとミサキは思うが、そうだとして神々に物申すのは悪手でしかない。忘れ去られてしまっただけで、瘴気の原因が人族であるということは事実だからだ。そうしてそれを知らないのは人族ばかり。
慌てて側近が王太子の口を塞ぎ、公爵が無礼を詫びてはいるが庇いきれないとイブキとミサキは顔を見合わせた。可哀想に感じるほど、王太子以外の人族の顔色は悪かった。悪いというより、もはや色が無い。人形のようだ、とイブキは遠い目をする以外何もできなかった。
「神殺しの末裔、そなたらは一族の罪の歴史も知らなんだか。」
哀れな、と神々の視線が語っている。
「神殺し、ですと?」
公爵のその言葉に、イブキもミサキも彼らは本当に何もかもを忘れてしまっているのだと感じ取った。なんとなく、ここに来るまでの会話で感じてはいたことではあった。腹の探り合いもあったし、何より彼らにとっても汚点であるだろうから口にしない可能性もあると考えていたが深読みしすぎたようだ、とミサキは溜息を吐く。
人族の寿命は短い方だ。亜人の中でも長命の鬼族に比べればその命は僅かばかり。これまでに何代入れ替わったのかは係わりを絶って久しい今では分からないが、遷都から千年の間に失われたものは多いのだろう。
「発言をお許しいただけますか?」
ミサキが伺いを立てた。それは公爵たちへの助け舟と言うよりは、このまま成り行きに任せて神の怒りに巻き込まれないようにという打算の方が強い。それでも、このまま訳も分からず神の怒りに触れ滅ぼされるよりは、人族にとってもマシは結果の方へ誘導できるのではないかと言う一粒ほどの同情もあった。
「許す。」
大神のその一言に謝意を述べ、ミサキは続ける。
「彼ら人族は短命である上に、一度遷都をしていると聞いております。その折に、歴史書の類も一部散逸してしまったとのこと。瘴気についての伝聞があったかは分かりかねますが、遷都以前の歴史については伝わっていないとのことでした。彼らに我ら鬼族に伝わる歴史と瘴気について説明してもよろしいでしょうか。」
ミサキのその言葉に、神々は顔を見合わせ人族は騒めいた。どういうことかと問い質したいと公爵の顔に書いてあるが、神の御前であるが故、拳を握りしめ耐えている。王太子の口を塞ぐ側近の数は一人から三人に増えていた。
「まさか肝心の出来事が伝わっていないとは。」
月夜の神が呆れたと言わんばかりの声色で呟くと、そのままミサキに説明を続けるよう促した。
それを受け、ミサキは公爵たち一行に向き直る。
「お許しが出ましたので、鬼族に伝わる歴史について説明しましょうね。」
敵意剥き出しの王太子以外は、皆不安に満ちた顔をしている。過去の人族の所業であって今の彼らには与り知らぬところではあるが、だからと言って彼らが潔白とも言い切れない。小さく溜息を吐いて、ミサキは知り得る限りのことを話すことにした。
曰く、アマハラ王国の建国の祖は神殺しの咎を背負っていること。
曰く、数多の神を殺し、残った神々を封印した罪が澱み瘴気となったこと。
「バカな! 我が祖ヒルコが罪だというのか!」
ミサキの説明に、側近を振り払った王太子が怒声を放つ。
「この地を浄化するために、ヒルコを彼の地へ送り出すための洪水は、多くの人族だけを中津国へ流し出しただけだった。ヒルコはこの地に残り、残った人族を率いて神殺しという凶行に及び、その後人族のためだけの国を興した。それが、そなたらが忘れ去った歴史の事実よ。」
月夜の神が冷たく言い放った。
ミサキの説明も、月夜の神の言葉も人族そのものの自尊心をも砕くような内容だった。怒り狂う王太子を宥めながらも、怒りを孕んだ声で公爵がミサキに問う。
「仮にそれが事実だったとしましょう。建国は約三千年前のこと、その罪が今も残り世界を蝕んでいると?」
嗚呼。
それは誰の溜息だったか。鬼族にとっては祖父母や曽祖父母の代の出来事、神々に至っては我が身に起きた出来事である『神殺し』。当の人族にとっては遥か昔、それこそ神話の時代の出来事だった。
「あなた方にとってはもう昔の出来事なのですね。」
ミサキが憐れむように、哀し気に言った。意味が分からないといった表情の人どもに、イブキが、
「俺たちからするとな、祖父さんとかひい祖父さんの頃の出来事なんだよな。…ちょっとしたケンカとかならいつまでも引きずるなよ、ってくらい前になるけど… 神殺しとなると三代とか四代前くらいじゃ到底忘れらんないよ。」
そう言い聞かせるように言う。イブキの言葉に何人かがハッとしたように目を見開く。
「それに、神々には御身に起こった出来事です。過去の話ではないのですよ。」
続けられたミサキの言葉に、さすがの王太子からも怒りの色が消え、動揺で視線が泳ぎ始めた。
「なんということだ…」
そう力無く呟いたのは、他ならぬ王太子だった。




