六. 舞い踊る女神たち
「ええと、危ないので下がって貰えます? この岩、退かすんで。」
危険も何もあったものではないとミサキとイブキは頭を抱えたが、こうなってはもう割り切って封印を完全に解くしかないと腹を括る。そうして残った大岩を退かすべく、イブキは王太子と場所を入れ替わり大岩と対峙した。
神を封印していたからなのか、長い年月で変質してしまったのか。目の前の大岩はどこか禍々しい。それでも、あの注連縄を断ち切った時、あの瞬間の禍々しい気配に比べれば何ということも無いのかもしれない。一瞬で霧散したあの気配は何だったのだろうか。とは言え、人族が、と言うよりこの王太子とやらが一緒では満足な調査も出来なそうだ、とイブキは考えていた。同時に、ミサキは自分以上に口惜しかろうとも思う。
「さて。」
イブキは深呼吸をして気持ちを切り替え、大岩に手をかける。少し力を込めてみる。どうやら腕力でどうにか出来そうだと分かるや否や、イブキはさらに力を込め引き摺るように動かす。ぞりぞりと砂の上を重いものが引き摺られる音がして、大岩が穴から出された。そのまま周囲を確認したイブキは何も無さそうな方向へごろりと大岩を転がす。
後にはぽっかりと大きく口を開けた岩肌がある。洞窟になっているのか、暗闇だけが見える。様子を窺うべくイブキが身を捩る。
「あら! 鬼さんじゃない。」
若い女の声がすると同時に、可愛らしい顔立ちの女が暗闇から顔を出した。
「あなたが封印を解いてくれたの?」
首を傾げて問うて、答えを待たずに女は続けた。
「よく見たらヒトも一緒に居るのね? 和解したのかしら?」
「和解… って?」
イブキが困惑して聞き返す。
「おや? あたしたちがこの岩屋戸に籠ってから、どれくらい経った?」
反応の薄さに女は首を傾げて問う。
ミサキが女の問いにおそらく三千年ほどだと答えると、なるほど、と女は頷いた。
「それならあたしが誰かも分からないよね。あたしはウズメ。親神から芸能を司るよう申し渡された神だよ。」
と笑顔で名乗る。そうして横穴から完全に姿を現した彼女は、ふわりと宙に舞う。花の顔、薄衣を纏った艶やかな女神だ。一同をにこにこと眺めている。
女神が名乗ったのを受けて、ミサキたちも名乗る。鷹揚に頷いて、ウズメは岩屋戸の封印を解くに至った理由を問うた。ウズメの問いに公爵とミサキが経緯を説明する。
「まあ、そうなのね。残念だけどあたしは芸能の神、この世のことに干渉するにしても越権行為で許されないと思うのよね。」
「しかし…!」
ウズメの言葉に、公爵の顔色が変わる。このままでは、国が亡びると、焦りを滲ませ縋ろうとしたところで、
「みんなを呼び戻してからにしましょうか。」
と、にやりとウズメが笑う。
「みんな、とは?」
「八百万の神々ですね。アメノイワヤトの封印は解けた訳ではなかったのでしょうか?」
先ほどからウズメ以外の神の姿を目にしていないことに気付いて、ミサキは大きく口を開けたままの横穴に視線を移す。何かが潜んでいる気配も無い。
「ほとんどの上級神はさらに奥の世界に籠っていらっしゃるわね。特に三貴神に御出で頂かないと、この世界の理に介入は出来ないわね。あたしには芸事以外には決定権がないもの。」
じゃあ、少し待ってね。そう言ってウズメはさらに上空へ上ったかと思うと、
「さあ御出で。」
そう言って舞い始めた。
ウズメの言葉に反応するように、横穴から女神たちが数柱飛び出してきた。そうしてウズメと共に舞ったり、楽器をかき鳴らしたりし始める。
どこからともなく、薄紅色の花びらがひらひらと舞ってくる。女神たちの奏でる音楽に合わせるように岩肌に草花が次々と芽吹いていく。
花のような色に染め上げられた比礼を振り舞う女神たちのなんと華やかなことか。軽妙で楽し気な音楽が響き渡る。世界が瘴気に蝕まれていくことなど、忘れてしまうような女神たちの舞と楽し気に笑う声。
音楽と女神たちの舞に心を奪われていると、横穴から、そんな夢のような雰囲気に似つかわしくない地響きが聞こえ、そこから幾柱かの男神が顔を出した。
ウズメの目配せを受け、男神たちも女神たちの輪に混ざり、歌い、楽器をかき鳴らし、踊る。華やかだった雰囲気はまるで酒宴が開かれているように、より一層賑やかに騒がしくなっていった。
大いに盛り上がる神々を前に、ミサキもイブキも、王太子をはじめとする人どもも、ただ茫然と立ち尽くすだけだった。
「いったい、何が楽しいって言うんだ。」
王太子はぽつりと呟いた。




