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鬼人の恋  作者: 渡邉 幻月
人ノ部 其之参 頽れる虚飾の王国と神々の復活
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一. 水鏡の術

 勇者御一行が凱旋したのは、魔王と聖女が姿を消してから一月(ひとつき)ほど経ってのことだった。帰還時の行程は最短距離で、かつ野宿も厭わず進められた。

「早く帰ってゆっくりしたい。」

とは王太子の言であるが、その実、言いえぬ不安から逃れたい一心から期間を急いでいた。


凱旋当初は良かった。聖女は失われてしまったが、魔王は倒されたのだ。いずれ瘴気も治まっていくだろう、誰もがそう考えていた。

 凱旋パレードを盛大に行い、祝福や歓喜に国中が包まれたのも束の間のこと。


 あれから一月(ひとつき)二月(ふたつき)。魔王が倒されたという割に、瘴気が治まる気配が無い。強いて変化を上げるなら、魔王が健在だった時に比べて出現する魔物がほんのり弱くなっているかもしれない、と言うくらいだろうか。出現率もわずかに減った、ような気がする。その程度の変化だった。

 三月(みつき)四月(よつき)。未だ目に見えるほどの変化も無いとあって、民衆たちは不満を漏らし始める。それはそうだろう。漸く魔物に脅かされることのない日々が訪れるのだと喜んだのも束の間、現状ほとんど変化はない。あの国を挙げてのお祭り騒ぎは何だったのか。

 否、聖女不在の今、魔王が生きていた頃以上に死亡率が上がっている。今までほとんど聖女が担っていた、病気や怪我の回復が追い付かなくなっているのが原因だった。聖女不在の穴を回復役が埋めてはいるが、能力に圧倒的な差がある上に、彼らは残業など一切しなかった。一応標準的な勤務時間ではあるが、重病人が居ようが緊急の怪我人がようがお構いなしに定時で上がる。回復役以外の仕事も概ね定時で終業することが浸透しているこの国では、当たり前のことであるが故に大っぴらに文句も言えない。せめて、瘴気が消えて魔物が居なくなっていれば、と嘆くか不満を口にするしかなかった。


 五ヶ月が経った。ついに貴族たちも不審と不満を隠しきれなくなった。

水鏡(みずかがみ)の術を使うのはどうだろうか。」

ある貴族が、小規模な集まりで口にした。そもそも本当に魔王は討伐されたのか、一体何があったのか、そんなことを互いに言い合ううちに、彼らの中の不審が形を成していった結果だった。

『水鏡の術』

術を展開した時点から過去にあった出来事を垣間見ることが出来る。どれくらい過去に遡ることが出来るかは、術を展開する際に使用した魔力量に比例する。中興の祖であるホオリの時代に開発されたと言われている魔法だった。

 時間を遡るために必要な魔力量はほぼ決まっているので、術者のレベルや魔力量で人数を調整して使用することが多い。

 対象の人物や場所は指定できるが、遠方である場合は使用する魔力量が加算されていくこともある。また、人物を対象とする場合、対象の方が能力等が高い場合は消費魔力が増えるか、術自体が失敗することもある。


 今回は半年近く時間を遡ることと、魔王と聖女を対象とすることから、王国屈指の魔導士が13名集められることになった。過去、水鏡の術を展開した中で最も大掛かりになる事が予測されている。


「間違いなく倒した!」

と言う王太子たちの言葉は、半年近くを経ても瘴気も魔物無くならない今、説得力は地に落ちていた。

 むしろ、都合の悪い事実を水鏡の術で暴かれることを恐れているのではないか、と捉える者も少なくなかった。結局、身の潔白を証明するためにも、と、押し切られ術の展開は避けられなくなった。

 民衆たちも事実を知りたい、過去を見せろと主張し始め到底抑えきれるものではないと国王が判断した結果、代表者の同席が認められた。


 日程が整えられ、民衆たちの代表者も決定し、術の展開に必要なものが全て揃えられた。大聖堂の広間は不要なものが全て取り払われた後、王侯貴族の席、聖職者たちの席、民衆の代表者の席が円形に設えられ、その中央に水鏡の術のための場が設けられている。

 聖別されたと云う清らかな水がなみなみと張られた銀製の大きな脚付き杯の周囲に、13名の魔導士が並ぶ。得も言われぬ緊張感が漂うなか、水鏡の術が展開された。


 杯の中の水が揺らめき波打ち、そうして球体のように盛り上がる。杯の中の水が全て宙に浮きあがると大きな水晶玉のようになっていた。ゆらゆらと光を反射していた水球が、やがて。


 光の反射が無くなり、もやもやと中心から何かが浮かび上がってくる。その場の全員が固唾を飲んで見守る中、水球はまるで鏡のように映像を映し始めた。鏡と違うのは、今この場に在るものを映しているのではない事、だろうか。

 魔王の城の全貌が映り、城門前に待機する兵士たちを横切り、王座の間へと視点が移動していく。王座の前には魔王と聖女が並び、彼らに相対するように勇者御一行が居るのを認めたところで、音声を再生し始めた。

 勇者―… 王太子の罵声が響いた。一部の者は眉を顰めるが、ほとんどの者は魔王に対しての言葉故か特に問題視する様子もなかった。

そうして――…

『いい加減にしろ! サクラ!!』

王太子が聖女の名を呼んだ。

 そう、あの瞬間だ。過去を映す術であるが故、当然ありのままを再現する。


 ニィ、と、魔王と聖女は口を歪めた。刹那。

魔王と聖女の体が一瞬にして水と成り、崩れ落ちた。水が叩き落ちる音と共に。


「…は?」

勇者たちはただ、呆然と立ち尽くすしかなかった。魔王も聖女もいなくなった。


一瞬の静寂の後にどよめきが広がる。何があったのか。王太子が聖女の名を呼んだと同時に、魔王と聖女が水と成って崩れ落ちた。確かに王太子の言う通り魔王を倒したのだろう、が。激戦だったのではないのか? 王太子を庇って聖女が倒れたのではなかったのか?

否、そもそも、あれで魔王は倒れたのか?


「いったん、術の展開を止めよ。」

国王がそう命じた。


水鏡の術は、王の一言により中断された。

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