五.狂飆過ぎ去りて
流れ者が生まれたワタツミの里、そして現在居を構えていたイナホの里を中心に暴風雨が襲った。それが、何ゆえの出来事だったかなど人どもには知る術もなく。鬼どもを始めとする亜人どもも知るはずがなく、狂飆を伴った荒ぶる神の過ぎ去った痕をただ茫然と眺めるだけだった。
晴れ上がった空が、無限の蒼穹がこれほど空しいことがあるだろうか。ただ立ち尽くすしかなかった彼らが次第に我に返り始める。ただただ涙が流れるだけで、声も出ない。深い深い慟哭が辺りを支配した。
「ほら見ろ、氏神など役にも立たん。誰のことも助けなかっただろう!」
悲しみを切り裂くように、荒々しい声が響いた。その声の主こそ、神々が断罪したかった流れ者であった。
皮肉にも、彼は生き残った。多くの無辜の命が散っていったにも拘らず。そうして、その事実を神々以外に知る者はいなかった。居なかったが、彼の言葉は真実を掠め、人ども心を揺り動かした。
「神など当てにならん、そう言っただろう。」
流れ者はそう捲し立てる。
心身ともに疲れ切り、絶望に、哀しみに呑まれた人どもは、ここで一気に流れ者に与することになった。人どもの里から氏神が去っていたことも、それを後押した。神に見捨てられた、人どもがそう感じたとして誰がその感情の揺れの結果を非難できただろうか。
荒神が通り過ぎるまで、人ども里の氏神たちは神の里のある山の頂で様子を窺っていた。人ども里から離れたのは、助けを求められれば人どもを助けなければならないからだ。その中にあの流れ者がいれば、彼を無視する訳にはいかない。であれば、姿を隠す以外にないだろう、と結論がでたが故のこと。
何もかも全て、裏目に出た形だ。
「神など頼るべきではない。人の国を創ろう。人だけの国を。」
流れ者は声高に叫んだ。
一方、鬼どもを始めとした亜人ども里では、残っていたそれぞれの里の氏神の力で人的被害は最小限に抑えられていた。大小の怪我はあったが、命を失うほどではなかった。家々は大雨にやられ修繕の必要はあったが、それも人どもの里に比べればまだマシと言えた。
だからこそ、亜人どもはより一層神を崇めることとなった。人どもとは真逆の道を行くことになる。それはある意味では神々の思惑通りと言えた。
だが、人ども里では流れ者が生き残ってしまっていた。そうして氏神が不在の中、生き残った人どもの心を掌握し、人だけの国を創るために動き始めていた。
あの荒神の通り過ぎた日から、幾日かが過ぎたある日のこと。
漸く泥濘が消え、倒木も何とか片付け、少しは里同士の行き来もし易くなった頃のことだ。あの日、人ども里から氏神が姿を消していたこと。亜人どもの里では、氏神が彼らを守っていたこと。それ故の被害の差が、互いに明らかになり、怨嗟の念が人どもの心に渦巻いた。
ここぞとばかりに流れ者は声高に叫ぶ。イナホの里やワタツミの里などの氏神が舞い戻ってきたが、全ては機を逸した後のことだった。より一層、緊張感が高まっていく。
「どうしよう、ハヅキ。」
人が変わったような里の者たちの姿に、ホヅミの目に涙が浮かぶ。