四. 二代目魔王ホオリ
「おれはもう、終わりにした方がいいと思っていた。」
ハヅキが寂しそうな表情で、呟くように言った。彼の傍らには果敢無く微笑んでいる少女が居る。彼女の髪を優しい手つきで梳きながらハヅキはホオリに言う。
「その気があるなら、鬼術も教えるし魔力も強化してやろう。なんならおれの力を分け与えてもいい。」
「良いのですか?」
「ああ。もう随分長い時間を生きてきた。…***は壊れかかっている。きっともう潮時なんだろう。」
微笑む少女の瞳は何を映しているのだろうか、とホオリは思う。ハヅキの言う通り、もうほとんど正気ではないのだろう。
ハヅキの水鏡の術で、事の発端と現状を確認したホオリは生まれて初めて激しい怒りを覚えた。悪い予感通りにホデリはトヨタマに懸想していたからこそ、今回の件を計画したのだ。そうして葬儀が終わるや否や、トヨタマを側室として迎え入れていた。そこまでであれば、生きて戻ってその企みを暴きトヨタマを取り戻せば良かった。
問題は、ホオリたちの死が報告されてから時間が経ってしまっていること。ホオリの死だけでなく、ホデリの側室として召し上げられたことで、トヨタマは心が折れ自害してしまっていた。ホオリは嘆くより先に、兄ホデリへの怒りで我を忘れた。そんなホオリを宥めたハヅキは、自身のことなどを彼に教えた後、どうしても報復したいのならと能力の譲渡を提案したのだ。
ホオリは頷いた。ハヅキの出した力の譲渡の条件も、むしろそれだけで良いのかと思う程度だったので迷いもしなかった。その後は、知識の共有から始まり、能力の譲渡と特に問題も起こらず順調に進んだ。
「ありがとうございます。ハヅキさん。…本当に良いのですか?」
ホオリとハヅキたちは日の当たる中庭にいた。全ての引継ぎが終わって、ハヅキの出した条件を履行するために今、三人はここに居る。
「礼は良いよ。…ああ、良いんだ。二人一緒に逝くなら他に方法も無いしな。」
鬼の禁呪で黄泉返らせたが、元が人族だからか死人だからか、五百年を数える頃から次第におかしくなってきていたと、以前ハヅキが悲しそうに語っていたことをホオリは思い出す。感情の起伏が無くなっていき、会話もあまり成立しなくなった。それでも、一緒にいたかったし自ら終わりにはできなかった。そう自嘲気味に笑うハヅキにホオリは自分を重ねた。ハヅキの力を譲渡された今なら、トヨタマを。けれど果たしてそれは… ホオリは緩く首を振った。
「さようなら、ハヅキさん。短い間でしたがお世話になりました。」
気を取り直して、ホオリは別れの挨拶を。ハヅキもソレに応える。
「ホヅミ。」
ホオリはハヅキの傍らにいる少女に呼び掛けた。
刹那、ハヅキとホヅミの体は水と成り、形を失った。そのまま地に染み込んでいく。後に残っているのは、影のように湿った土だけだ。
「あなた方は、これで幸せなのでしょうか。」
聞くに聞けなかった疑問をホオリは呟いた。最期の、二人の微笑みが脳裏にこびり付いている。きっと忘れられないのだろうと、ホオリは思っている。
「…さようなら、ハヅキさん。」
答えは返ってこない。最後にもう一度別れの言葉を告げて、ホオリはこの「魔王の城」を後にした。
ハヅキが住処に選んだ場所は、隠れ住むには良いがホオリの目的には不便であったので、より王都に近い場所を選んで「魔王城」を造ることにしたのだ。
ハヅキから受け継いだ膨大な魔力で城を造るのにそう時間はかからなかった。あの辺境の地から引き連れてきた魔獣と共にその城に住み、さらに魔獣を増やし、アマハラ王国を蹂躙すべく着々と報復の手筈を進める。
トヨタマが居ないのなら、気遣うことなど有りもしない。ホオリは自身の中で暗く燃える復讐心に従い、国ごとホデリを討とうと画策していった。
他人に興味の無かったハヅキと違い、明確に憎悪や復讐心を燃やすホオリは自ら魔王を名乗り王国を荒らし、討伐に向かってくる者どもを蹴散らしていった。一気に滅ぼすようなことはしない、とホオリは決めていた。それでは恐怖も後悔も感じる時間がないではないか、とホオリは嗤う。
「精々、己の短慮を恨むがよい。」
ホオリは王都を見詰め、憎しみの籠った声で呟いた。




