九. フシノヤマにて
イナホの里に到着したヒルコは里の中で生活することは許されたが、流れ者と呼ばれなかなか里人と打ち解けることができなかった。それは氏神のイナホがヒルコを避けたからに他ならない。
イナホはヒルコが神であるとは言わなかった。迂闊に神とは言えない。なぜなら、神であるヒルコを避ける理由を明らかにする訳にもいかないからだ。ただ、最弱だった。それだけの理由で見限り、あろうことか目と腕を潰して捨てたのだ。それが周知されたとして、人どもはそれを受け入れるのだろうか。
明確な理由は述べない。そうであるが故に、里人も無理に追い出すことは無かったが、慣れ合うこともしなかった。
ヒルコはこれを好機と取った。イナホとの真っ向勝負の可能性も考えていたからだ。ただ無視されるだけなら、大した困難ではない。はなからゆっくり時間をかけて賛同者を募るつもりでいたのだ。
ヒルコは里人に個別に話しかけたり、広場で演説したりして、自らの思想を広げようと活動した。まだまだ永遠の決別を経験した人数の方が少ない時代であるのと、その悲しみを忘れられないものはあの名もなき集落に移動していることもあり中々ヒルコの言葉に耳を傾けるものはいない。それでも、一人、二人とヒルコの話を熱心に聞く者も出てきた。
それを問題視するのはイナホである。明確に説明できずとも、イナホがヒルコを不快に思っていると感じとる側近はいるもので、次第にヒルコとイナホの側近との衝突が目立つようになってきた。
そうして。これ以上は里の風紀も治安も乱れるとイナホはフシノヤマの神々へと事の次第を報告することにした。
「まだ生きていたのか。」
そう溜息を吐いたのはどの神であったか。弱々しい神であるが故、当の昔に海に流され、消えてしまっているだろうと高を括っていたというのに。それがまさか。
「既に賛同している者、心揺れている者、様々いるようですね。」
「さて、どうしたものか。同族殺しは禁忌中の禁忌、穢れるどころの話ではない。」
フシノヤマに一堂に会し神々は話し合う。
「力を殺ぐしかあるまい。」
「一度、全ての人どもを流してしまうのはどうか。」
「しかし、いくら人どもとは言え、殺してしまえば我らが穢れる。」
「そうではない。今、中庸の者、迷っている者を全てナカツクニへ流し出すのだ。」
その言葉に、神々は互いに顔を見合わせた。
ナカツクニ、この世界の下層にある世界でまだ生まれたばかりだ。これから生物を次々に生み出そうとしている新しい世界である。
「どのみち人どもと同じようなモノを創るつもりだったのなら、こちらから移動しても同じだ。」
「なるほど? して、なぜ中庸の者を送るのだ?」
「我らに忠実な者は我らの力の源だ、ここに居てもらった方が良い。ヒルコに賛同してしまった者は、向こうに送って増えられても困る。」
「ああ、そうか。今、どちらでもない者であれば、向こうへ送れば少なくともヒルコの陣営をこれ以上増やさずに済む。」
意見がまとまると、ではそれをどう実行するか、と言うことで話し合いは続いた。
「しかし、それは少し乱暴ではありませんか。」
眉を顰め一柱の神が言う。
「だが、一時にまとめて人どもをナカツクニに送るには、それが一番効率が良い。」
「ならば、ヒルコだけを、いっそネノクニへ送るか。」
「それが出来れば一番であるな。」
「あれは中々に危険な思想の持ち主に成ってしまった。」
「我らを否定し、人どもや亜人どもを我らに代って支配しようなどと。」
神々の荒々しい魂が次第に剝き出しになっていく。それ以上は、神格が歪んでしまうというところで、
「なれば、嵐で流しやれ。」
鈴の音のような声が一言、告げた。
「大神!」
天地を照らす大神が、嵐を起こす許可を下した。
「兄神が流れるならネノクニへ、人どもが流れるならナカツクニへ。」
大神の決定に、嵐は起こりイナホの里とワタツミの里を中心に多くの人が流された。




