八. ヒルコの告白
「なあ、あんたのその考えは、まあ理想的だとは思う。けどな、氏神様はどう説得するんだ? オレらはただただ家族や恋人と離れ難くて、でもどうして良いか分からずここに居る。あんたの考え方は、俺たちにとっての答えだと思う。正直、それ以上なんて思い浮かばない。けど、氏神様方は違うだろう。死をケガレているといって避けているのは、氏神様方だからだ。」
ケンエはまっすぐにヒルコを見ている。ああ、ちゃんと考えてくれている、とそう感じる。それならば、とヒルコは決心した。
「僕はね、あのフシノヤマにいる神々の長兄なんだよ。」
ヒルコのその告白に、その場に居合わせたもの全員が瞬きする。まるで何が起こったのか分からないといった様子に、ヒルコは説明を続けた。
「一番最初に親神から生まれた僕は、結果一番弱い神だった。親神は最後まで心配してくれたけど、二柱ともお隠れになったら兄弟神たちに捨てられたんだ。それを、ワタツミの里の翁と媼が拾って育ててくれた。けど、つい最近、翁と媼の寿命が来て… 僕は後を追ってみたけど、会えなかった。そうして、ソウズカの先の森で死を待つ老人に色々教えてもらったよ。和解も説得も無理なら、倒すしかないと思っている。今は最弱の僕でも、人々の信仰の力を集められたら兄弟神と渡り合えるはずだよ。」
ヒルコはそう言うと、最後ににこりと微笑んだ。
確信に近いものがある。信仰の力が他の兄弟神より少ないから、これほど弱いのだろう。“僕”は他の兄弟神のように何かを支配したり守護したりする神ではなかった。だからこそ人々の信仰は集まらない。ただ、翁や媼の愛情が、ヲノの兄弟愛に似た友情が、ほんの少し力をくれた。僕の腕を治したのは、媼の手当ではなくて彼女たちの家族愛だったんだ。そして行き倒れた僕を回復させたのも、ケンエやダツエの介抱ではなく、彼らの僕を気遣う気持ちだった。
行き倒れて、漸くそれが分かった。
ごくり、と喉が鳴る音が聞こえた。漸く僕の言葉の意味を理解し始めたのだろう。期待と不安の入り混じった双眸が僕を見つめている。
「もし、僕の目指すものに共感してくれるならどうか僕の手を取ってくれ。僕を信じて欲しい。それが僕の力になる。」
「そ… それで、他に何かすることはあるの?」
不安そうにダツエが言う。
「僕を信じて、僕の身の安全を願ってくれたらいい。他は、今まで通りでいいよ。他の里を巡って賛同者を集めるのは僕がする。」
「いや、しかしあんた一人で…!」
「まだまだ弱くて、君たちを守れそうもないからね。僕だけなら死なないし。それに、どれくらい時間がかかるか分からないけど、僕や君たちみたいに大切な人と別れ難くソウズカまでくる人もいるだろうから。その人の安全と、ついでに布教もしてくれたら。」
そのヒルコの言葉に、互いに顔を見合わせ頷いた。
その後、今後について相談し、ヒルコはこの集落の住人たち全員と顔を合わせ語り合った。死による別れ、という共通の傷がヒルコと住人たちの結束を固くしていく。同時に力が湧いてくることを感じ、ヒルコは予測が間違っていなかったと知る。
暫くこの名もなき集落で過ごし、力が溜まったことを確認したヒルコは次の行動に移ることにした。ワタツミの里では治らなかった潰された目も、見えるようになった。傷が残っているが、今はこれでも十分だとヒルコは思っている。
「どうするんだ?」
「…ワタツミの里は警戒されているだろうから、別の里に行ってみるよ。必ず戻るから。待っていてくれたら嬉しい。」
見送りに来たケンエの問いにヒルコはすっきりした表情で答える。力が満ちて、自信もついた。憎しみはまだ消えないが、妬む心が無くなった分目から澱みが消えたのだろう。
「待ってるよ。気を付けて行っておいで。」
ダツエが涙の滲んだ目で、泣くのを堪えるように笑う。
「ありがとう。行ってくる。」
ヒルコは一人でも多くの賛同者を集めるために出発した。
目指すは、イナホの里。氏神イナホの治める里は、農業の中でも稲作を中心にしていると聞いている。ワタツミの里の住人より遥かに穏やかだろう。と、ここ暫くの名もなき集落での話を総合してヒルコは結論付けていた。
名もなき集落では、『和解か説得か』とヒルコは言ったが、人や亜人を説得するつもりはあっても、兄弟神の和解と説得ははなから考えていなかった。
一人残らず妥当するつもりでいる。そのためには、やはり賛同者を多く募らなくてはならない。ヒルコは決意を滲ませた目でフシノヤマを睨み付け、そうしてイナホの里への道を進んで行った。




