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鬼人の恋  作者: 渡邉 幻月
人ノ部 其之壱 神々の黄昏を先導する神の子
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七. 流浪の先

 ヒルコは当所無くさ迷った。どうすればいいのか迷い、考え、そうして一度、あの氏神のいない里に行ってみようかと思い至る。今為すべきこと、己が生まれてきた意味も、もしかしたらと。ただの願望で、妄想なのかもしれない。そう思っては歩みが止まり、それでも捨てきれずまた歩き出す。その繰り返し。

「片目が潰されて、弱くなっている筈なのに…」

行き倒れることもできずにいることに気付いて、ヒルコは呟いた。飲まず食わずでも、疲労感はあってもただそれだけで、事切れる気配も無い。やはり何と言われようと神の一族ではあるのだろう、そう思うと吐き気を感じた。

 ソウズカを、あの死の谷を定めたのは兄弟神たちだろう。あるいは親神だったのかもしれない。その辺りはヒルコにとっては些細なことだ。誰が定めたにしろ、ソイツと自分が同じ一族なのだという現実がヒルコに絶望に似た憎悪を抱かせる。


 ふらふらと立ち上がり、覚束ない足取りでヒルコはまた歩き出した。目指す姿がぼんやりとしているからなのかそれとも。それともヒルコを突き動かすものが、憎悪や怨嗟、絶望のような負の感情だからなのか、目は暗く淀みふらふらと歩く様は人にも神にも似ていなかった。


 氏神のいない里、名もなき集落、と人は呼ぶのだそうだ。住人たちはただ里と呼んでいるのだと、里の者に解放されながらヒルコはそう説明を受けた。

 結局のところ、ヒルコはぎりぎりのところで死ぬことは無かった。おそらく誰に発見されなくとも、死ぬことは無かっただろう。ただ力を失い、その場から動けぬだけで。正式に神の一員として数えられていないヒルコには、信仰と言う名の力がそそがれることは無い。食べなくても死なないが、信仰の力が無くては力は弱くなる一方だ。

けれど運が良かったのか、倒れたのは里の近くだった。この里に流れ着く者はほとんどが行き倒れ同然の有様なこともあり、ヒルコも何の警戒もされずに迎え入れられた。

「あの、ありがとう。」

いつかの日、媼には素直に伝えられなかった言葉がヒルコの口を吐いて出てきた。

「気にしなくていいよ。」

恰幅のいい男女がにかっと笑う。老人たちが心配そうにこちらを見ている。なんとなく、翁や媼たちの気配に似ているとヒルコは肩の力が抜ける。

「まあ、言いたくなきゃいいんだけどさ。アンタも誰かを亡くしてここに来たのかい?」

「…翁と媼が。僕を育ててくれた人たちが。」

ヒルコは俯いた。哀しみがまだあの日のまま心の真ん中に居座っている。

「そうか。」

恰幅のいい男の方が、そう言ってヒルコの頭を無造作に撫でた。雑な撫で方だ、けど、嫌じゃない。ヒルコは涙を流していた。


 恰幅のいい男女は、それぞれケンエとダツエと名乗った。夫婦だそうで、仮に出た息子が大怪我を負い、余命を宣告されたそうだ。息子の後を追ってここまできて、ソウズカを渡ることを許されず、帰る気持ちにもなれず、今もここに居るのだそうだ。

「みんな似たようなもんさ。」

親だったり子どもだったり、伴侶や恋人だったり。離れ難くて、認めたくなくて、もしかしたらソウズカを渡って帰ってくるかもしれないと、ここから離れられずにいるのだと。


「僕は、こんな定めをどうにかしたい。最後の瞬間まで一緒に居たいし、死んだ後だって…」

ヒルコは、たどたどしくケンエとダツエ、そして心配して近くに居てくれる老人たちに説明した。氏神がケガレと嫌うなら、里の外に施設を作ればいい。そこで最期の別れをして、埋葬すればいい。埋葬した場所には目印に木でも植えるとかしてもいい。そこに行けば、今はいない人と会えるような気持になれるんじゃないか、そう考えているのだと。

「死ぬことが避けられないのなら、それも良いかもしれんな。」

「そうだなあ、未だと、人によってはまだ元気なうちから別れることになるしな。」

「怪我だって病気だって、治るように看病位したかったものねえ。」

それぞれ、思うことがあるのだろう。遠い目をして口々に言う。


「ただ、まあ、氏神様方だな。」

最終的に口を揃えてそう言った。ヒルコは唇を噛む。ここでも駄目なのか、と。

「ヒルコつったか。その辺は何か考えてんのか?」

ケンエが首を傾げながら問うてきた。


「え?」

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