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鬼人の恋  作者: 渡邉 幻月
人ノ部 其之壱 神々の黄昏を先導する神の子
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五. 世界の片隅での出来事

「早く帰った方が良い。」

ヒルコの肩にそっと触れて、老人は言った。まだまだ寿命が残っている者が長居しても何一つ良い事はないよ、と言う老人の声には諦念の色がある。

「こんなことが、赦されるのですか。」

「赦すも何も… 神様方の定められたことじゃ。」

何ということだろう、ヒルコは絶望した。兄弟神たちは自分を捨てるだけでは気が済まなかったのだろうか。それとも、始めから臭い物に蓋をするように見えない場所へ押し込めればいいと考えているのだろうか。

こんなに簡単に、まるで最後は物のように切り捨てるとは。

「神サマが決めたことなら絶対?」

「そうじゃな。まあ、人生の最後だけじゃ… はずれの、いや、それより、ほれ、ケガレがその身に付いてしまう前に、里に帰った方がいいぞい。」

「はずれの…?」

ヒルコが怪訝な顔で老人に問うと、知らんでいい、ほれ、とソウズカのある方へ押される。早く帰れ、と困った顔をしながら。

「今さらじゃないですか、教えてください。そしたら帰ります。歩きながらで良いですよ、さっきすぐ帰る約束しましたし。」

ヒルコの言葉に、はずれのその場所には寄り道せずに帰るという約束を新たにしてから、老人は話し始めた。


「ソウズカを西の方に行くとな、氏神様のいない里があるんじゃ。そこでは山で狩った動物を捌いて肉と革製品をつくっておるんじゃ。動物を殺すのも穢れたことだから氏神様のいる里ではしないんじゃ。亜人たちも動物は狩るが、捌いたり革製品を作るのはその里の者に任せているんじゃよ。行商人が定期的に来て物々交換しとるぞい。」

そうか、とヒルコは唐突に納得する。人の死がケガレなら動物の死だってケガレだ。考えてみれば里での食べ物はほとんど農作物だった。海の物も貝類が多かったのは血が流れないからだろう、と思い至る。

「どうしてその里には氏神が居ないんですか?」

ヒルコの問いに複雑そうな顔をする老人。いいから、と促すと、

「まあ、お前さんみたいな考え方をする連中がかってに寄せ集まったからじゃろな。身内を亡くして悲しいのは分かるがのう。神様方がお認めになっていない里というか集落じゃぞい。氏神様がいないから、大地の恵みが少ないし加護も無いから生きていくのも大変そうじゃ。」

老人は溜息を吐いた。

「悪いことは言わんから、ちゃんと里に帰るんじゃ。わしは、本当はあの里のもんたちにも、それぞれの里に帰って欲しいと思っているんじゃ。…どうしようもないことではあるんじゃがな。」

そう言って老人はヒルコの頭を撫でる。子ども扱いされているが、悪い気はしない。心配してくれているんだろう。その善意だけは受け取ってもいいとヒルコは考えた。

 そしてヒルコはその氏神のいない里の者たちの気持ちが分かる、と思っている。あんな別れは嫌だし、最後の最期があんな扱いなのも納得できない。きっと氏神が居なくても生きていけるのだ、と示したいのだろう。


 老人と話をしている間に、森は終わりを告げソウズカの河原が見えた。

「じゃあの、わしは森から出る訳にはいかんからここまでじゃ。気を付けて帰るんじゃぞい。」

老人は手を振ってヒルコを見送る。約束は約束であるし、心配させるのも何か違うと思ったヒルコは大人しくソウズカを渡り、里の方角へ歩き出す。時々振り返って、老人に手を振り返す。互いに姿が見えなくなった頃、ヒルコは立ち止まって天を仰いだ。


 この世界はどこか歪だと思う。じゃあ何が歪なのかと問われれば、はっきりと答えられないことがもどかしい。けれど、ケガレたから、ケガレるから、と言う理由だけで世界の端に追いやって済むことなんだろうか。

 みんなは知っているんだろうか。とヒルコは疑問に思う。翁と媼、ヲノの様子を思い出してみるが、知っているのかは分からない。もしかしたら、翁と媼は余命を宣告された時にワタツミから説明されたのかもしれないが。ソウズカの先にあることを。

「けど、でも…」

ここからは遥か北にあるフシノヤマに視線を向ける。人を捨てるみたいな、こんなやり方は納得できない。ヒルコは奥歯を噛み締めた。

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