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鬼人の恋  作者: 渡邉 幻月
人ノ部 其之壱 神々の黄昏を先導する神の子
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三. 葬頭河を渡る

 楽しい時間はあっという間に過ぎる。こればかりは、今も、昔も変わらない。ヒルコがワタツミの里の翁と媼に拾われてからどれくらいに時間が過ぎただろうか。翁と媼は本当の子供のように大事にしてくれた。時々行商から帰ってくる彼らの息子も、ヒルコを家族として受け入れた。

 翁と媼の手厚い手当の成果があったのか、折られた腕は時間はかかったが元通り使えるようになった。自分のことのように喜ぶ翁と媼の姿に、ヒルコは胸が温かくなるのを感じていた。今も、恨みも憎しみも無くなったわけではないというのに、二人の笑顔を見ているとどうでも良いことのように思えるのがヒルコには不思議で仕方がなかった。


「流石に目の方は治らないようだなあ。」

潰された目には今も薬草を塗布している。それを媼が交換していたのだが、露わになった潰れた目を見て、翁は肩を落とす。

「薬草だけじゃこれ以上は良くならないかしらねぇ。」

媼も悲しそうに眉を下げる。この時ばかりはヒルコも悲しくなり、同時に片目を潰した兄弟神たちを憎々しく思うのだ。

「大丈夫だよ、もう片方はちゃんと見えてるし、もう痛くないんだよ。」

それでも憎しみは心の中にひた隠して、ヒルコは二人に微笑みかける。


 ヒルコのぎこちない笑みが、自然になった頃。神であるが弱々しいヒルコの成長はひどく緩やかなものだから、ほんの少し背が高くなり肉付きも多少良くなった程度の変化があったくらいだ。だが、翁も媼も普通の人族である。ヒルコを拾った時も彼らは人生の半ばを過ぎた頃合いであったが、いよいよその終わりが見えてきた。

 翁と媼はかつての親神がそうであったように、成長の遅いヒルコを心配していた。けれど、どれほど心配しても人である二人には必ず最期の日がやってくるのだ。息子にヒルコを気遣うよう、翁と媼は言い含めた。兄弟神との違いは、この息子はヒルコに対して好意的だったことだろうか。それでも、過去の記憶がヒルコを苛む。兄弟神とは違うと分かっているのに。


 そうこうしているうちにも、時間は無情に過ぎていく。翁と媼、ヒルコのそれぞれの気持ちに整理がつかないまま、その日はやって来た。


「今の人は?」

あまり見かけない人が家にやってきて、翁に何かを言付けて戻っていった。戸の隙間から氏神の館の方へ去っていくのがヒルコにも見えた。氏神の使いだろうか、とおもうとヒルコは無意識に眉を顰めていた。

「ワタツミ様の使いだよ。」

翁の答えに、やっぱり、と思うと同時にヒルコの眉間のしわが深くなる。

「あらあら、ヒルコは本当にワタツミ様が苦手ねえ。」

媼が困ったように笑う。

「…うん。ところで、何の用だったの?」

「ああ… …。ヒルコや、良くお聞き。」

ヒルコの問いに、少し答え難そうな素振りを見せた翁だったが、少しの間逡巡して彼とまっすぐに向き合う。

「何…?」

いつになく真剣な翁にヒルコは不安を覚える。

「わしらはな、もうすぐ寿命が尽きるのだそうだ。ワタツミ様のお言葉だ、お間違いは無いだろう。」

「! 嫌だ!」

「これは覆せないのだよ、ヒルコ。定められた、この世界の守るべき秩序だからだ。」

不安と悲しみと絶望に塗れた顔のヒルコに、胸を締め付けられながらも翁は続ける。

「寿命が尽きることを、死、と言う。死は、ケガレなのだそうだ。だから、死が近い者はみんな寿命が尽きる前に旅立つことになっている。」

「⁉ どうして?」

「ケガレを里の中に留めないためだよ。それは決まり事だ。他の里でも同じようにしている。だから嫌とか言っていいことではないんだよ。だからね、ヒルコ。近いうちに私たちはソウズカへ旅立たなくてはならない。」

絞り出すような声で翁はヒルコに説明した。媼はずっと涙をこらえていた。ヒルコをおいていかなくてはならない、それがどうしても苦しい。

「ソウズカって?」

「ずっと南に流れている河だよ。」


 その後もずっと話し合ったが、何一つとして変えられないのだと思い知らされるだけだった。ヒルコは生まれて初めて悲しみが理由で泣いた。もう片方しかない目が涙で潰れてしまうのではと言うほど、泣いた。泣き疲れて眠りについた。夢の中でも泣いて泣いて、それでも翁と媼の寿命が尽きるという事実は変わらないのだと、夜が明けてから思い知らされる。


 すっかり旅立つ準備を整えた翁と媼にヒルコは起こされた。髪が涙で顔に貼り付いて、不快だったがそれどころではない。

「どうして?」

「ごめんねえ、あなたを一人で置いていくことになるなんて。」

ヒルコを抱きしめて、媼が涙声で言った。

「黙って行くのとどちらが良いか悩んだがなあ。捨てていったなんて誤解はお前もつらいだろうから。」

翁が優しくヒルコの頭を撫でる。親神と別れた時よりも、もっと、ずっと苦しい。悲しいのを通り越して、胸が痛いとヒルコは思った。


「元気でな。」

そう言い残して、翁と媼は旅立った。遥か南に流れているという、ソウズカを目指して。

本文中の葬頭河をカナに変更しました。4/19

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