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鬼人の恋  作者: 渡邉 幻月
人ノ部 其之壱 神々の黄昏を先導する神の子
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一. 神の子らと流離譚

 亜人たちの口伝では詳細に触れられることのない神の子。最初に産まれた、最弱の神。名をヒルコと言う。親神はその最後の時までヒルコの異質なまでの弱さを心配していたが、その思いは報われることは無かった。

 いつまで経っても弱いまま。成長の兆しも無く、どこか精神も幼い。長兄であるはずのヒルコは、兄弟神たちの手助け無く神として在ることは難しかった。ついに三貴神が避け、疎み、ついには憎悪にまで変わってしまった。他の神々も三貴神に倣うように、疎み避けた。


 折しも、人も亜人も集落を作り、それぞれの社会を築き秩序が定まってきた頃でもあった。それなら追放しても生きていく場所はあるだろう、と神々は話し合った。

「しかし、我らと比べて弱々しいと言え、亜人どもよりは遥かに秀でている。」

神の一柱が言った。神と人を含む亜人との間には、越えられない壁がある。最弱と呼ばれても神の子であるヒルコは人や亜人よりは強く秀でている。

「なれば、力を()げば良い。」

冷ややかな声が言い切った。


人と同じ程度の物が見えるように片目を、人と同じ程度の力になるように片腕を潰し、神々はヒルコを葦の舟に乗せると川に流すことにした。途中、人や亜人に拾われるなら良し。拾われず海の彼方に流されるなら、それも已む無し。

「さらば兄上。」

葦の舟を押し出し、心の籠らない別れの言葉を残して神々は去っていく。


 腕を折られ、片目を潰され、そうして川に流されたヒルコが、兄弟神に憎悪を(いだ)いたとして、誰がそれを責められようか。川に流されながら、通り過ぎていく風景をただ見詰めヒルコは憎悪と怨嗟に蝕まれていくのに抗えなかった。


 どれだけの距離を流されただろうか。潮の匂いが微かにする。海が近くなってきたのだとヒルコは気付く。あとどれくらいで海に到着してしまうのか。海に流されたらもう、死ぬまで漂うだけだろう。せめて一矢報いたかった、と無事だった方の拳を強く握る。

「あれ、まあ!」

少し離れた所から、女の声がした。いったい何だと思っているうちに、バシャバシャと水がはねる音が続く。

「ああ、やっぱり子供がいたわ!」

ぐらりと舟が動いたかと思うと、頭の上から先ほどの女の声が聞こえる。ヒルコが視線を上に向けてみると、見知らぬ年配女性が覗き込んでいる。舟が揺れたのは、この女が掴んだからだろう。

「まあ、怪我をしているじゃない。痛いでしょうに、泣かなくて偉かったわね。もう少し我慢してね。手当てするからね。」

ヒルコの片目と片腕が潰れていることを見て取って、心配そうに眉を下げる。そうしてざぶざぶと舟を引っ張り河原へ戻る。舟を引き上げ、ヒルコを抱き上げる。

「少し我慢してね。家へ行きましょう。そこで怪我の手当てをしましょうね。」

そう言って、自分の家へ戻る。


「あなた、お名前は?」

傷口を綺麗な水で洗い、清潔な布で優しく拭いながらヒルコに尋ねる。

「…ヒルコ。」

警戒しながらも、ヒルコは素直に名乗っていた。親神以外で優しくしてくれたのは、この媼が初めてだった。

「そう、ヒルコって言うのね。お父さんとお母さんは、どこにいるか分かるかしら?」

「もういない。もう会えない。」

しょんぼりと俯いてヒルコが答えた。

「まあ! ごめんなさいね、悲しいことを聞いてしまったわね。」

ヒルコの様子に、媼はさら眉尻を下げた。

「帰るところがないのかしら。それなら、ここに住む? 私たちの子供はもう大人になって行商に出ているの。たまにしか帰ってこなくて、私も夫も寂しいの。一緒にいてくれたら嬉しいわ。」

少し考えて、媼はそうヒルコに尋ねる。片目を潰されて、少なかった神通力はもうほとんど残っていないけれど、この媼に悪意が無さそうなのは今のヒルコにも分かった。

「うん…」

迷いはあった。兄弟神への憎しみはまだ生きている。けれど、この優しい媼と一緒に居たいともヒルコは思ってしまった。


 そうして、翁が戻って来た時に親も無く行く当てもないと話すと、媼と同じように歓迎してくれた。生まれて初めて、ヒルコは安堵した。

 翁と媼、そしてヒルコの三人の生活が始まった。

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