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鬼人の恋  作者: 渡邉 幻月
鬼ノ部 其ノ参 崩れ落ちた世界秩序のその先のために
35/72

十. 天岩屋戸

 ミサキの言葉の通り、フシノヤマの中腹あたりにそれはあった。周辺一帯は不思議なほど何もない。それまで山道の周辺は木々が生い茂っていたというのに、岩肌が見えている。視線を上げれば、やはり木々が生い茂っているのが見て取れるので、ここだけが別の場所のように感じられる。

 その岩肌の一部に、大岩をはめ込んだような所があった。そうして幾重にも張られた注連縄が印象的だった。紙垂(しで)は長い間に風化したようで、ぼろぼろになっている。


「ここが、神々がお隠れになった場所か。」

イブキが呟いた、なんて淋し気な場所だろう。草の一つも生えていないなんて、と悲し気に眉尻を下げている。


「で、どうするんだ?」

空気を読まない王太子が口を開いた。

「…あの封印を解きたいですね。如何すればいいかは、調査しないと分かりませんが。」

ニコリ、と乾いた笑顔を向けてミサキが答えた。

「恐れながら殿下、あの注連縄には膨大な魔力が宿っているようです。」

こそりと側近の一人が耳打ちした。

「そう言った訳で、慎重に調査をしないといけません。迂闊に触れようものなら、注連縄の力で良くても怪我はしますよ?」

「む。この聖剣でも切り伏せられないということか?」

王太子が腰にぶら下げている剣を指しながら、眉間にしわを寄せている。

「聖剣、ですか?」

「そうだ。銘をトツカノツルギと言う。」

ミサキの問いに誇らしげに王太子は答えた。


 聖剣トツカノツルギは、アマハラ王国の中興の祖が剣であると伝わっている。今はもう入手が困難な神代の鉱石ヒヒイロカネ製の剣だ。神懸かった力が秘められたトツカノツルギは国宝でもあり、勇者として魔王討伐に向かう王太子に貸し出されたモノだ。


「それは封印を解く最有力候補ですね。まずは…」

驚きながらもミサキが王太子に返事をしかけた矢先、その言葉を最後まで聞くことなく王太子は動き出す。


 あっ、という間もなく、公爵や側近が止める間もなく、王太子はトツカノツルギを抜き、注連縄を薙ぎ払うように剣を振るう。

 愕然とする一同。ミサキとイブキは驚愕の表情のまま視線を公爵に向ける。公爵も側近も捜索隊も、顔色を失っているので彼らに物申すのは止めておこうと二人は思い直す。


 結果から言えば、トツカノツルギによって注連縄は切り払われ、そのまま消失した。特に結界による反発などなく、それを確認したところで一同胸を撫で下ろした。

「殿下、いきなりそのような危険なことはしないでいただきたい。」

公爵がきつめに物申すが、当の本人はどこ吹く風である。

「何が危険なのだ。ほれ見よ、封印は解けているぞ。」


「あとはあの岩を退けるだけか?」

王太子の様子に眩暈を覚えながら、イブキはミサキに確認する。

「…そうですね。お願いしても?」

ミサキも頭を抱えながらイブキに答えた。それを聞いたイブキは頷くと、岩の前に立つ。

「ええと、危ないので下がって貰えます? この岩、退かすんで。」

対応に困ると思いつつ、出来るだけ丁寧に王太子に声をかけるイブキ。そうか、と頷いて大人しく引き下がったのをみて、ほっと一息ついてイブキは岩の塊に向き合った。

 ただの岩なら、この程度の大きさであればすぐに退けられるだろうとイブキもミサキも考えている。結界自体は注連縄がその役割を果たしていたはずだ。大岩は物理的に遮断するためにあるはずだ、とミサキは考えている。それにしても、神々の復活の邪魔はされていないし目的は同じであるが、どうにも足を引っ張られている感じがしてならない。今さらながら同行は拒否すれば良かったかとミサキとイブキは溜息を洩らした。


深呼吸して、気持ちを切り替えたイブキが大岩に手をかけだ。少し力を込めてみると、大岩が動くのが分かった。イブキはそのまま大岩を引き出そうと力を込めた。ぞりぞりと砂の上を引きずる音と共に大岩が動く。人族からは歓声が上がった。そのままイブキは大岩を引きずり出して、そうして横に転がした。

後にはぽっかりと大きく口を開けた岩肌が見える。洞窟だろうか、と思わずイブキはその横穴を覗こうと身を捩った。

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