八. 一時休戦
「これは失礼した。私はアマハラ王国の公爵である。こちらが我が国の王太子殿下である。…して、あなた方は。」
ミサキの問いに、身形の良い壮年の男が答える。公爵の隣で、王太子は不機嫌そうに立っている。中庭にいる二人組はどう見ても鬼族だろう。額に象徴的な角がある。魔王城に居る鬼、それも人語を解する鬼だというのなら魔王の軍勢の中でも幹部クラスの実力があるに違いない、と公爵は考える。
「そうですか。私たちは鬼族のミサキとイブキです。ここは魔王の城ですが、どのようなご用件でしたか?」
「む、あなた方は魔王軍の幹部の方でいらっしゃるか? 実は異変を感じ、ここに参った次第なのであるが。」
「いえ、しがない鬼の集落の者ですよ。私たちも異変を感じたので様子を見に来ただけです。…きっと、似たようなことを探りに来たのでしょう、お互いに。」
と、ミサキは薄い笑顔で公爵に答えた。イブキは、この手の交渉が苦手だという自覚があるので、一切をミサキに任せる心づもりだったので、大人しくミサキの隣に控えている。
『似たようなことを探りに来た』
まさしくそうだった。魔王の忘却の呪いを、それが何かを、互いに知りたかった。尤も、ミサキたちは数か月前に一応の答えに辿り着いている。
公爵たちの顔色が変わる。とは言え、程度は様々であったが。流石の公爵は眉がぴくりと動いただけであったが、同行の捜索隊は動揺を隠せず、王太子に至っては顔色が赤くなったり青くなったりしている。己の失態であることを、ここにきて指摘されるとは。思わず怒鳴りそうになったところを、側近の一人が王太子の口を塞いだ。
「…こちらは一向に情報が掴めず終いで。あなた方は?」
「ふふ… そうですね。対処方法は掴めましたよ。」
「なんと、教えていただくことは可能ですかな。」
「私たちの邪魔をしないとお約束いただけるなら。」
ミサキはにっこりと笑う。おそらく、人族は失われた何らかの魔法を復活させたいのだろう。それはきっと、鬼族や他の亜人族にとって良くない結果になるに違いない。魔王が居ない世界では、人族は亜人を攻撃してくるだろう。
「…承知した。」
眉を顰め一時考え込んだ公爵が頷く。
「おい、何を勝手に!」
側近を振り解き、王太子が公爵に詰め寄る。
「殿下、このままでは瘴気に呑まれ、魔獣に蹂躙されるだけなのですぞ。」
冷ややかな視線を王太子に向け、公爵は言った。言外に、そもそもの原因を作ったのはあなただ、と非難を込めて。今度こそ言葉を失い、忌々し気に公爵を睨み付けたあとに視線を落とす王太子。その様子に溜息を漏らし、
「失礼いたした。そちらの条件を呑もう。情報を共有していただけないか。」
と、改めてミサキに申し出た。
「分かりました、良いでしょう。対処法は神々にお力添えをいただくのです。」
ミサキは頷くと神妙な顔で公爵に答える。
「神々ですと?」
「神に祈って何になると言うのだ。」
公爵と王太子が口々に言う。
「神々は遠い昔にお隠れになったそうですから、ただ祈るだけではお力添えいただくことは叶わないでしょうね。」
そんな話は聞いたことが無い、と公爵はじめ捜索隊の面々がざわついたのを見て、ミサキは確信する。彼らにはもう、建国の忌まわしい話は伝わっていないのだと。そうであれば、神々の復活の妨害は無いだろうと。心配そうな視線を向けてくるイブキに、ミサキはにこやかに頷いて見せる。少なくともこのままの展開でいいのだと、イブキは納得した。
「ミサキ殿、その話が真実であるなら、どうか我々にも協力させて貰えないだろうか。」
公爵はそう言って頭を下げた。
「くれぐれも邪魔はしないでいただきたい。それであれば、同行しても良いですよ。」
「かたじけない。」
「おそらくですが、神々はここから北東の樹海の中、フシノヤマにお隠れになっているはずです。」
ざわり、と人どもに動揺が走る。
「そこは禁足地だ。」
相変わらずの不機嫌な様子で王太子が言った。
「なるほど。神々の眠る神聖な場所、と言うことでしょうかね。」
そう返したミサキの言葉に、何人かが納得したような顔になる。公爵も難しい顔をして何やら思い悩んでいたが、ミサキの言葉で決心したのか同行することに変更はない、と再び口にした。
「そうですか。では、問題ないようでしたら日が暮れる前に出発しましょう。」
意味深な笑みを浮かべたまま、ミサキは次の行動へと促した。




