七. 人族との邂逅
予定通りの行程で集落に帰り着いて、その足で二人は長老に報告に向かった。魔王の手記を元に報告を進め、集落の年長者を集め今後について相談することになった。
「まあ、なんだ、人族を抑え込むんだかで呪いをかけて、ついでに禁呪も忘れるようにしたってことか。」
「ざっくり言うとそうなるなあ。」
「まあ、こっちに影響がないならいいけどなあ。」
簡単に結果を伝えると、集まった鬼たちは思い思いのことを口にする。
「まあ、忘れたのも禁呪だけなんだな?」
「私たちはそうですね。」
鬼の一人の問いに、ミサキは頷く。
「それならもう、この件は終いで良くないか? もともと禁じられているものだし、どうもこの集落の全員が知っていた訳でもないようだしな。」
忘れたままでも不都合はないだろう、と鬼たちは頷き合う。
イブキとミサキが出発した後、残された鬼たちもさらに細かく確認し合ったそうで、子供たちや鬼術が不得手の者たちは特に何かを忘れた感覚は無かったということだった。
「悪い影響は無さそうだものなあ。」
「では、忘却の呪いについてはこれで終わりにしましょうか。」
「まだ何かあるのか?」
忘却の呪いについてはたった今、特に対処しないと決まったところだ。他にもまだ何かあるようなミサキの言い回しに、鬼たちは首を傾げる。
「封印された神々を復活させるべきなのでは、と考えているのです。」
「む?」
ミサキの言葉に、その場が静まり返る。人族にとっては遥か昔のことでも、彼らにとっては祖父母や曽祖父母の代の出来事だ。まだ記憶にある神々の封印の話。あれは確かに人族が独断で行った凶行だった。
「神々がお隠れになって久しい。おそらく瘴気も神々の不在が原因なのであろう。」
長老が重い口を開いた。
「では、誰が? いえ、そもそもどうやって復活させるので?」
遠くない過去ではあるが、かといって神々を封印したのは人族だ。寿命が短い彼らはきっと、その出来事さえ忘れている可能性がある。
「そうだよな。魔王の城で見たけど、一度遷都しているみたいだし書物の類も期待できないよな。」
腕を組んだままイブキが唸る。そもそも人族が協力するか分からんだろう、と隣の鬼に小突かれて、それもそうかと笑う。
「この手記を魔王城に返しに行くのですが、その足で一度神々が封印されている地に偵察に向かおうと考えています。」
イブキの気楽さにミサキは小さく溜息を吐いて、そうしてそれまで考えていたことを話す。
「偵察?」
「神々の復活の手段は、お察しの通り分かりませんし… 実際に視てみれば何か分かるのではないかと。その場で神々を復活できれば良し、そうでなくても何か情報を持ち帰れば、他の亜人族の協力を仰げるかもしれませんし。」
今まさに考えながらと言うような様子で、訥々とミサキが話す。鬼たちは顔を見合わせる。それもそうか、と誰からともなく言葉が漏れる。
「誰が行くんだ?」
「それは、私とイブキで行きます。」
さらっと言い切るミサキに、そういやそんなこと言ってたな、とイブキがぽんと手を打つ。その後は話も進みが早く、三日ほど休んで再出発することになった。
そうして前回のように順調に行程をすすめ、これなら偵察の方も上手くいくのではないか、と二人が軽く考えていた時だった。
魔王の城に着いて、早速ミナヅキの部屋に向かい借りていた手記を元の場所に戻した。そこまでは良かった。何事もなくことが進んでいたはずだった。
「ん?」
二人の耳がひくひくと動く。幾つもの足音が聞こえる。動物や魔獣の足音とは違う、金属の音が混じった足音だ。
「…もしかして、人族か?」
魔王ミナヅキが消えてから、優に半年は過ぎただろう。
「流石に人族も調査に来たのかもしれませんね。」
イブキと顔を見合わせたミサキが、眉間にしわを寄せて言う。
「どうする?」
「様子を見ましょうか。…この手記は隠しておきましょう。」
あまりにも個人的なことが記されている。きっと、人族の目に触れさせたくは無いだろう。もちろん、鬼族の目に触れるのも嫌だったのかもしれない。それなら、せめて。
「そうだな。」
衣装箱から一枚の衣を取り出して、それで手記を包むと二人は人族の気配を辿りながら鉢合わせないように移動する。
中庭が不在なのに気が付くと、二人は鬱蒼と茂る黒百合の下に手記を埋めて隠した。ふと見上げると、蓮の花が色付き咲き乱れている。一瞬、二人は蓮の花に視線を奪われた。
「あれは…」
聞きなれない声に、ミサキとイブキは我に返る。我に返ったところで、目が合ってしまった。…人族と。
意を決してミサキが声をかけた。
「…どちら様ですか?」




