六. 消された記憶は
改めて城内を探索する。前回は思いの外早く書庫が見付かったこともあり、城内全てを確認した訳ではなかった。確認済みの部屋を素通りして、二人は魔王の私室を探して回った。
城の奥、一切の無駄が省かれた扉の向こうに探していた魔王の部屋があった。室内も簡素なものだった。
「…魔王ミナヅキは、何物にも執着しない方だったのかもしれませんね。」
ぽつり、とミサキが呟いた。
なんだったら、女性の服が幾つも収納されていたクローゼットのあった部屋の方が見栄えがする。けれど、それは客室のようだ、とミサキは判断した。そもそも部屋の並びから見ても魔王の私室とは思えない、と。
「魔王に、客?」
「いないとも限りませんよ。今さら真実は分かりませんが。」
それもそうか、とイブキは納得する。そうして次のエリアへと歩を進め、見付けた魔王ミナヅキの部屋だった。
部屋の中に足を踏み入れる。つい数か月前まで魔王が生活していた部屋だけに、二代目魔王の城に比べてまだ負の感情を刺激されるようなことは無い。小さめの本棚が一つ、質素な衣装箱が一つと、本当に物が少ない。探すのが楽だな、とイブキは言いながら本棚に手を伸ばした。
小説が数冊あるだけの、その本棚に異質な紙の束が隠されるようにあった。もうぼろぼろになった、きっとノートのように閉じられていたであろう紙の束だ。
「あ… これ…」
ぱらぱらとめくって、この部屋で初めて呪いの痕跡を見つけて、イブキは手を止めた。そうして、ミサキへ手渡す。
たった一言が、いやに脳裏にこびりついて、やけに早鐘を討つ自分の心の臓にイブキは胸を締め付けられた。
『ただ、ただ、ぼんやりとした日々を過ごすうちに、ふと、何か面白いことをしてみようという気になった。』
なんて嫌な予感だろう。虫の知らせのような、この、不安が責め立てるような、この感じは。イブキは衣服の胸元を無意識に握り締めていた。
ミサキが先に手にしていたのは、まさしく魔王ミナヅキの手記であった。そうして、冒頭に目を通しているちょうどその時に、イブキから紙の束を渡される。ふむ、とミサキそれを受け取り軽く目を通す。
「この二つで、何か分かりそうです。…この部屋を借りましょうか。貴方は少し手持ち無沙汰になってしまいますが…」
「いや、そこの本でも読んでいるよ。他に役に立てればいいんだけど。」
イブキは肩を竦めた。物が少なすぎて、探し物はすぐに見付かるし、魔獣もいないからミサキの護衛も必要ない。それもそうですね、とミサキは頷いた。
「どうやら、元々この呪いは人族に向けてのものだったようです。」
手記と紙の束の両方に目を通したミサキが言った。
「それって… とばっちりってことか?」
「まあ、近いですね。一つは人族の持つ何らかの術の忘却、もう一つは鬼族の禁呪です。個人的に思うところがあったようですね。禁呪であれば忘れたままでも良さそうです、が。まずは長老に報告しましょうか。」
魔王の手記に目を落とし、ミサキが確認できた内容を簡単にイブキに伝えた。
「そうだな。じゃあ、帰るか。」
「そうですね。この二つの手記は一度長老に見せるために持ち出そうと考えています。イブキ、申し訳ないですが、返却の時も同行願います。」
手記からイブキへ視線を移したミサキに、イブキは分かった、と答える。
城内を少し見回って、他に目ぼしいものが無いことを確認して、二人は集落への帰途へついた。




