四. もう一つの魔王城
パラパラと頁をめくって文字が消されている書物を探し出すだけで、数時間が経っていたことに気付いたのは周囲が薄暗くなってからだ。誰も居ないこの城は、足を踏み入れた時から照明は灯されていなかった。それでも窓から差し込む日の光で城内の探索だけでなく、蔵書の確認までできていた。が、日が傾くとそういう訳にもいかない。
「おや、もうこんなに日が傾いていますね。」
いくら夜目の利く鬼族とは言え、暗いものは暗い。薄暗くなった室内に気付いて、ミサキは窓に視線を向ける。
「傾くって言うか、もう沈みそうだな。」
中身を軽く確認し終わった書物を本棚に戻しながら、イブキが言う。そうとも言えますね、と呟いたミサキは窓の外に視線を向けたまま思案する。その様子にもう一冊くらいは中身を確認できそうだ、とイブキは次の本に手を伸ばした。
「今日はここで夜を明かしましょうか。」
「そうか、まあ、野宿よりはマシだよな。明日は?」
「そうですね、明日は選別したものを読んでみます。貴方は残りの書架を確認してください。あと三分の一くらいでしょうし、頑張り次第で一通り確認できると思いますよ。」
備え付けの机の上には、取り出した本が山のように積んである。それでも、書庫全体に保管されている書物と比べればごく一部だ。
「分かった。」
「扉さえ閉めておけば野宿するより遥かに安全でしょう。久しぶりにゆっくり休めそうですね。」
ミサキはそう言って微笑んだ。
翌日。魔物の気配も無い魔王城内は、やはり何事も起きず安全だった。床に寝転んでいたこともあって、少し体が痛いくらいで他は問題ない。周囲を警戒しなくて良いのは何よりの休息になった。
「さて、進めるか。」
携帯食を少し口にして、イブキはまだ手を着けていなかった書架へ向かう。ミサキも山積みにされた本の一冊に手を伸ばした。
それから数時間、二人の集中力は凄まじく予定の作業を休憩も取らずに進めていく。日が傾き始める頃にはミサキは最後の一冊を読み終わった。
「どうだった?」
最後の一冊を書棚に戻すのを確認してイブキが声をかける。
「そうですね、やはり消されたのは禁呪の一つなのでしょう。」
「一つ? 他には?」
「分かりません。魔王ミナヅキは何を思ってこの城に籠っていたのでしょうね。…鬼術や人族の魔法に関する書物以外では歴史書、それも人族の歴史書ばかりで。」
「ああ、確かに。」
「…二代目の魔王の城も調べてみましょうか。」
眉間にしわを寄せたまま、ミサキが呟くように言う。
「ん? ここじゃないのか?」
「ここは初代魔王であるハヅキと三代目ミナヅキの城です。二代目はここより東の地、人族の国により近い場所にあります。」
「それは… 行っても大丈夫なのか?」
「瘴気が濃い場所でもあるので、人族は好んで近寄らないので大丈夫でしょう。とは言え、私たちも長居は出来ませんが。」
二人とも宙に視線を浮かせて考え込む。
「危険だと思ったら引き返す、ってことで行くしかないか。」
溜息を吐いてイブキは言った。正直、忘れたのは禁呪っぽい、というだけでは全く納得できない。結局何も分からなかったのと同じだ。
視線を合わせて頷き合って、明日の朝に出発すると決めた二人は再びこの書庫で休む準備を進めた。
翌朝、手早く出発の準備を整えて魔王城を後にする。集落から魔王城に比べて距離もあるので早く出よう、ということになったからだが、
「そう言えば、魔王の私室? みたいなとこなら日記とかあったのかな?」
と、イブキが言い出したのは日も傾き始めて野宿の準備でもしようかという頃合いになってからだ。その言葉に、そう言われれば、とミサキは目を見開く。
「今さら戻るか、どうするか。」
まだ出発して一日であるし距離としてはまだまだ二代目魔王の城の方が遠い。
「盲点でした。」
ミサキは項垂れる。日記のような物があったのなら、まさに魔王ミナヅキの胸中が記されていただろう。忘却の呪いをかけた理由も、もしかしたら分かったかもしれない。
「でも、二代目魔王のとこにも何かあるかもなんだよな?」
「そうですねぇ… 何かはあると思います。それが何かは分かりませんが…」
「じゃあ、予定通り二代目魔王の城に行って、また戻るか?」
「…。そうしましょうか。結局二代目魔王の城に行くことになるなら往復で二日分が無駄になりますしね。」
この日はその会話を最後に休息をとることにした。
翌日以降、二人は急ぎ二代目魔王の城を目指して疾駆する。二か月ほどの行程を少し短縮して一月半で二代目魔王の城へ到着した。
「荒れ方がすげえ。」
二代目魔王の城は放置されてから久しく、誰の手も入っていないことから荒れ放題の廃墟と化していた。それでも魔王の城だけあってある程度の姿は保っている。
「泊まるのは… 嫌だな。」
心底嫌そうに息吹は呟いた。




