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鬼人の恋  作者: 渡邉 幻月
鬼ノ部 其ノ参 崩れ落ちた世界秩序のその先のために
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三. 呪いの痕跡

「禁呪?」

イブキは首を傾げた。禁呪なんて聞いたことが無い、と思ったところで、ミサキの考察が当たっているのなら記憶もなくなっているのだから聞いたことが無くてもしょうがないのか、と思い直す。

「ええ。禁じられたものであるなら、忘れたままでも問題はないと思うのです。」

「まあ使ったらダメなやつって事だもんな。」

「魔王はなぜ、私たちを呪ったのでしょうね。」

少し疲れたような顔でミサキが呟いた。

「死ぬ訳でもなく、苦しむ訳でもなく、ただ禁呪を忘れるだけの呪い、か。」

そう考えると不思議だ。禁じられたものなのだから、何らかの危険があるのだろう。それなら綺麗サッパリ忘れてしまった方が良いような気もする。では、呪いと言う手段ではあるものの、鬼族に対して害を成すつもりではないのだろうか。

「…分からん。」

しかめ面で呟いたイブキを見て、ミサキは吹き出す。

「まあ、魔王に会ってみて、でしょうね。」

くすくすと笑いながらミサキは言った。


 魔王城への道のりは、特に問題が起こる訳でもなく順調に先に進めた。人族の生活範囲を避けていたことも大きいのだろう。予定通りの日程で魔王の城へ辿り着いた。

「門番もいないのか?」

人影は見えず、門は開け放たれたまま。警戒しながら城内に入る二人だったが、生物の気配も感じられず面食らう。

「そもそも、誰も居ないようですね?」

長い通路を歩きながら、ミサキは首を傾げる。まあ、まずは謁見の間にでも行ってみましょうか? と、そのまままっすくに進む。

 これまた開け放たれた扉の先には漆黒の玉座だけが鎮座している。柱も壁も床も、絨毯でさえ黒で統一された空間は簡素であり、主が不在でありながらも、言い知れぬ存在感を放っている。

 イブキが息を呑む音が響きそうなほど、辺りは静かだった。本当に誰も居ない、と思ったのはイブキだったのかミサキだったのか。そっと辺りを見渡してみる。一歩足を踏み出す。足音が響いて、本当に何の音も無いのだと実感して、さらにもう一歩警戒しながら前に出る。

「ほんとに誰も居ない… な?」

「そうです… ね?」

弾かれたように目を見開いて、ミサキは玉座に向かって駆けだした。

「あっ、おい!」

慌ててイブキも後を追う。


「これは…?」

ミサキは腰を落として、玉座近くの床に触れている。鬼気迫る表情のミサキに、イブキは声をかけるのを躊躇い、そうしてミサキから話しかけてくるまでは周囲を警戒することにした。とは言え、本当に誰も、何もいなさそうなこの城内で警戒する必要があるのだろうか、と百面相しながらイブキは周囲に注意を払った。


「多分、ですが。」

どれくらい時間が経っただろう。呟くようにミサキが言った。

「うん?」

「多分、なんですけど。魔王は、この世にはいないかもしれません。」

続けたミサキの声は掠れていた。


「どういうこと?」

「忘却の呪いが邪魔をして… はっきりとは。でも、魔王ミナヅキはここで果てた可能性があります。」

「んんん?」

「書庫か書斎か、探しましょう。」

勢いよくイブキの方を振り向いてミサキは言う。どこか焦りを滲ませる表情に、イブキは気圧され頷いた。

 城内の探索を進め、蓮の花が印象的な中庭の先に書庫を見付ける。圧巻の蔵書にイブキは息を呑んだ。

「全てに目を通したいところですが… 鬼術について記されていそうなものに絞って確認しましょうか。」

ざっと書庫の中を見渡したミサキが言う。

「不自然に文字が塗り潰されている本があったらまずはそちらの机に置いてください。」

集めるだけ集めて、それからまとめて中身を確認します。そうイブキに指示を出して、自分も手近な本棚へ向かうと本に手を伸ばす。

 現状、他に良い案も思い浮かばないイブキは大人しくミサキの指示に従い、別の本棚に手を伸ばした。

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