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鬼人の恋  作者: 渡邉 幻月
鬼ノ部 其ノ弐 無理矢理召喚された聖女と魔王の仄暗い復讐譚
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九. 鬼の禁呪

 反魂の業は鬼の禁呪の一つだった。微に入り細を穿つ作業工程と術式もさることながら、術者と死者の命が繋がるが故に禁忌とされた。世の理に逆らう術であることは、言わずもがな、である。


 死者の真名、俗称でも渾名でもない、魂に刻まれる真の名を呼ばれた途端、死者どころか術者も水と成り果てる。世の理に逆らった代償と言えばそれまでのことではあるが。黄泉返らせた後、生前と違う名をつけたところで、顔見知りに会ってしまえば“それまで”。事情も知らぬ他人なら、悪意もなく真の名を呼ぶという危険を孕む術は、禁忌とされずとも手を出そうと考える鬼は居なかった。長命で頑強な体を持つ鬼たちにはそうまでする必要が無かったとも言える。


 かつて、何事にも心を動かされることの無かったはぐれ鬼は、その一生でたった一人執着した彼の嫁を黄泉返らせた。彼女を知る者の無い土地へ、互いの関係性の希薄な都に移住してまでも。まるで生きているようなその亡骸は、やがて鬼の子を孕んだ。

 母、母と呼べるのかどうか。幼心に、まるで人形のようだと感じていた。と魔王の記憶に在る母と幼少の頃の記憶は囁く。美しい女ではあったのだろう。だが、自我はとても希薄だったのだと、今では思う。夫に従うだけで、返事でくらいしか声を発していなかったように記憶している。それでも父は満足だったのだろうか。


 そうして。酔った父の告白で、それが今やただの亡骸でしかないと知った時の気持ちは。自我の薄さがそれ故だと納得は出来ても、まさか自分が黄泉返った後の亡骸の胎から生まれたのだと考えれば、嫌悪しか湧いてこない。

「禁呪は… 失敗はしなかったが、成功とも言えない。」

父は、愚かな鬼は、どこか寂し気にそう言っていた。

 魔王はそれ以上父鬼と話す気力も無く、荒れ狂う感情に流されるまま家を出た。


 そうして、放浪の先で出会った鬼に、禁呪の禁呪たる故と、その正式な手順を教わった。鬼の掟なども含めて様々なことを教えてくれたその鬼は、最後に魔王の父鬼の残していた手記も手渡してくれた。


「ただの暇潰しだったのか?」

父鬼の手記を読み終え、そう問うてみたいと思ったが、魔王は止めることにした。是、と答えられてしまったら、きっと父鬼をこの手にかけるだろう。ただの暇潰しの果てに、人にも鬼にも成れず、生者とも死者ともつかぬ身でこの現世に産み落とされた身となれば、後はもう、全てを等しく消したくなるほどの憎悪しか残らない。


 何年経ったか分からないが、かつての家に戻ってみれば、それでも両親は家を出る前と同じように都で暮らしていた。

「ああ、戻ったのか。」

自分に似た顔が、無関心にそう言ったのを聞いてゾッとした。いずれは自分もこんな風になってしまうのだろうか。まだ、何者でも無いというのに。それこそ、何の意味もないではないか。生者でもないが故に自死も出来ぬだろうこの身を恨めしく思い。

消してしまいたい、全て。自分を何者でも無いと知らしめる証を、全て。

「***」

その時、衝動のままに魔王は、父鬼の手記で知った母の真名を口にした。


 ニヤリ、と父鬼が嗤ったのは何故だったか。真意を問い質す前に、父鬼は母の亡骸と共に水と成って地に吸われていった。

 ずっと退屈だった毎日が、漸く終わると悟ったからか。犯した禁忌に幕が引かれたからか。禁忌の果てに呼んだ嫁を、理の内に回帰させることが出来るからか。何も語らず、言い訳の一つも口にせず、はぐれ鬼は水と成り果てる前にただ、子に対して嗤ってみせただけだった。


それは、あっという間の出来事。思い悩んだ年月に比べれば、呆気ない幕引きとも言えた。

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