十.袂を分かつ
そこから先は早かった。反魂の業の成功率は死体の状態で変わるという。時間が経てば経つほど、失敗するし、仮に成功しても生前と比べて劣化が見られるようになるそうだ。
西の山の洞にホヅミの遺体を安置し、獣などに損壊されないよう防護柵で囲い、三人は素材を集める。鬼の足で駆けるから素材集め自体はまもなく完了した。
「…ハヅキ、選別だ。」
父親が太刀を一振り手渡した。身を護るにも何かしら必要だろう。弓矢なら自作もできるだろうが。こういう物は簡単には作れんからな、と、ハヅキの頭を撫でながら名残惜しそうに。
「反魂の業自体はそれほど時間がかからないと聞いたわ。少しだけど、これを持ってお行き。」
そう言って母親が手渡してきたのは幾つかの握り飯と、糒を少し。
「たくさん用意できなくてごめんね。」
瞳を滲ませてそう言うと、母親はハヅキを抱きしめた。
「父さん、母さん、ありがとう。…さようなら。」
「さようなら、ハヅキ。」
親子はここで永遠の別れを告げる。両親は名残惜しそうにしながら、洞を後にした。
両親の気配が無くなったことを確認すると、ハヅキは反魂の業を使った。必死の形相で反魂の業のための陣を組み、呪文を唱える。狂気を孕んだ眼はホヅミだけを映し、ひたすらに黄泉返りを希い言葉を紡ぐ。
ハヅキが最後の言葉を唱え終わった、その後。
パチパチと焚き上がる火の音だけが辺りに響き、変化の見えないことにハヅキが肩を落とした、その時。
「…? はづき?」
ゆっくりを瞼を開け、ホヅミは囁くような声でハヅキの名を呼んだ。
「ホヅミ! 良かった、ホヅミ…」
もうだめかと思った、成功してよかった、そう言ってハヅキはぼろぼろと涙を溢す。
「え、と、あれ? ここ?」
ハヅキの様子と見慣れない場所と、そうして思うように動かせない自分の体にホヅミは困惑する。ついでに言えば、声も少し変で、話しにくい。
「ここは、ヒノキの里の西にある洞だよ。」
涙を拭いながらハヅキはホヅミの疑問に答える。そうして続ける。
「ホヅミは凄い怪我をしたんだ、覚えてる?」
何も覚えていないなら、一度死んだことは告げないとハヅキは決めていた。多分、そんなこと知りたくないんじゃないか、そう思ったからだ。
「…あ、そうだ、大変なんだよハヅキ、里のみんなが…」
ハヅキの言葉にホヅミは里を飛び出した理由を思い出す。そうして、里の大人たちに追われていたことも。その恐怖も思い出してホヅミは青褪めた。ひゅう、と呼吸がおかしくなる。
そうだ、あの時、首を、…首を? ホヅミは震える手で首に触れてみる。
「大丈夫だよ、ヒノキ様と大人たちがどうにかしてくれる。」
安心して、と震えるホヅミの手を取り、ハヅキは微笑んだ。ハヅキの笑顔に、ホヅミは安堵する。安堵はしたが、違和感を覚えた。それが何かは分からなかったけれど。
「少し危ないから、子供は里から離れるように言われているんだ。」
ホヅミが落ち着いて、起き上がれるようになった頃合いにハヅキはそう告げた。
「え? じゃあ、しばらくここに居るの?」
「もう少し西の方が良いって言われた。ホヅミは怪我しただろ? 手当して、動けるようになったら移動するように言われてる。」
「そうなんだ… ごめんね、迷惑だよね…」
悲し気に俯いたホヅミに、ハヅキは首を振って、
「そんなことない。ずっと一緒だって、けっこんするって約束しただろ!」
と力強く否定する。
「うん、そうだね。」
ホヅミは花のように笑った。
その後、ホヅミの調子が良くなったことを確認して、ハヅキは旅立ちの準備を整えた。ホヅミには伝えていないことが幾つかある。真実を伝ええないまま故郷を後にすることで、ほんの少し心が痛んだが、それもホヅミの首筋に僅かに残った傷跡が掻き消した。
人どもも鬼どもも、氏神もどうなろうともう知ったことではない。ホヅミと二人で生きていくことだけが、今の自分の全てだとハヅキは考えている。
目指すは、未開の地。誰もいない場所だ。調子が良くなったとはいえ、まだ長距離を歩けるほどではないホヅミを背負い、ハヅキはヒノキの里がある方向を一瞥して踵を返した。




