蕎麦打ちは突然に。
とまぁ、こんな感じで私の人生は一旦終幕を迎えた訳だったのですが。
トラックの衝撃に落下した時の周囲の悲鳴までしっかりと記憶にある訳なのですが。
私は目を覚ますと、冷たくて硬い石の地面に小さな小窓。
正面に見えているのは、黒い鉄の棒が等間隔に立てられていて、何かを守っているのか、それとも閉じ込めているのか。
私、なぜか起きたら牢屋にいるのですが。
「・・・・・・んっぅぅ・・」
昨日、俺どこで寝たんだっけ。
めっちゃ身体痛いし、寝てるとこめっちゃ硬い。
どこからか溢れる光が目に差し込んできて、落ちていた意識は少しずつ覚めてくる。
外からは、鳥の声や人がいるのか、足音や風の音などが漏れてくる。
ウチって2階だったよな。
足音??
こんな昼間に堂々と泥棒かよ。
眠い目を少しずつ擦り、自身の意識を覚醒させていく。
ふと目をこすりながら、自分が寝ていた場所が目に入るとそこにはコンクリートのような滑らかな地面ではなく、ゴツゴツとした石床で寝ていたようだ。それでは身体も痛くなる。
どこかで飲んで潰れたんだっけか。
昨日は、確か友達に飯作ってやって、営業の下準備して。
家で製麺しようって、生地と蕎麦打ち棒持って、作務衣の選択で荷物持って。
んで、それからと。
記憶を振り返るたびに、少しずつ覚醒してくる意識と、状況に困惑していく。
俺って、確か交差点でトラックに轢かれたんじゃないっけ!??
急激に覚醒して行く意識の中で、自身の体を確かめていくも痛みといえば硬い床で寝ていた事での体の突っ張りぐらいなもので、痛みという痛みは特にない。傷の具合も確認するが傷といった傷も特になかった。
バッと周りの状況もふと見回してみる。
見える状況としては、周りは塀で覆われ奥には小さな四角い小窓のような場所。
小窓には鉄柱が並べられており、小窓から外には出さないといった意思を感じられる作りになっている。
また、正面に見えているのはこれまた鉄柱が部屋の壁のように立てられており、扉もついているがガチャガチャと押しても開く気配はない。
おそらく、外から鍵がかけられているのではないだろうか。
朝起きたら、牢屋に捕まっていたって。
全く笑えないんですけど!!!!!!!
体が痛くないのはありがたい。
トラック事故が夢で、実は生きてましたも今となっちゃあ嬉しい。
だが、牢屋ってどういうこと!!!!??
「おう、起きたようだな。おーい、起きたぞ!!!」
檻の外には看守らしき人はいたようで、ガチャガチャと扉をこじ開けようとしていたところで檻の奥に見える階段からスキンヘッドのいかにも強面といったおじさまが降りてくる。
(おいおい、待ってくれよ。俺は喧嘩なんてしたことねえし、めっちゃ怖い人きたやん!!)
「意識もしっかりしているように見えるな。おい、俺の言葉はわかるか?」
「は、はい。聞こえております。」
強面の見た目からは想定していなかったぐらいの理性的な口調で話しかけてくれているスキンヘッド。
その身長は、170センチ前後の私と比べても一回り高く、その体格も筋肉隆々で、ところどころに古傷のような傷跡が見受けられる。
優しくして、後で落とすタイプだろうか。
ヤクザも最近は厳しい状況と聞く。
法律に触れないように必死なのだろうかと思うと、安全になっているなと少しホッとする。
「意識もしっかりとしているようで安心した。いくつかこちらから質問をする。正直に答えろよ?下手にウソなんてついてくるなら、お前さんの身を守ってやれなくなる。俺もそれは本望じゃない、いいか?」
「はい、わかりました。ただその前に質問してもよろしいでしょうか。私には今の状況はいまいち掴めておりませんでして。」
「何にも覚えてねえのか!?あんなにうるさいやつ連れて来といて、全く覚えてねえってか!!」
目を見開き、全身でびっくりを表現してくるあたりこのスキンヘッドおじさんは強面よりも可愛いおじさんなのかもしれない。
そんなことがふと脳裏をよぎるのだが、そんなことを考えている場合ではないのだろう。
自身の記憶に、何か関連するところがないか改めて考えてはみるものの出てくる最後の記憶は、トラックに轢かれた場面と交差点にいたおじさんの顔。
どう考えても表彰されこそすれ、こんな牢屋にとじこめられる心当たりはない。
「申し訳ありません、全く記憶にはございませんでして。」
「まぁ、あんな状態で転がっていたらそうもなるのか。待ってろ、おまえをここへ連れて来たやつがもうすぐここにくる。」
おじさんの話から少しすると、「我の主人は無事であろうな!!何かあったらタダでは済まさんぞ!!」と、少し高い女の子のような声に、「あーっ、もううるさい!!さっきから無事だっていっているでしょうが!!人の話を聞かない子だね!!」と争いながら、降りてくる声が聞こえてくる。
「オマエのところのやつがずっとあの調子で、こっちはうるさくて敵わん。ここに放り込んでからずっとあの調子だ。」
こめかみを揉みながら、話してくるおじさんの姿。
ただ、今の状況の然りだが、聞こえてくる心配してくれている方の声に聞き覚えがなく、うんうんと頭を捻ってみるもののさっぱり該当する人物が浮かんでこない。
「はぁ、あの子の声の持ち主はどのような方だったりするのでしょうか。」
「どのようなも何も、持っていたじゃねえか。茶色の長いやつ。」
茶色の長い髪の長い人物ということだろうか。
確かに髪の長い人物にはいくつかの心当たりはあるが、このような幼い声の人物に心当たりはなかった。
やがて、話しているうちに長身でサラサラヘアーの男が階段から降りてくる。
髪はブロンドの髪で、その髪は肩口で揃えられており、いかにも長髪のイケメンといった風貌だった。
目や顔の彫りは深めで、顔も小さめ。
全体的に見ても日本語で会話ができるのが不思議なくらいの欧米のイケメンといった人物だ。
(ハーフか、在日の方なのか。それにしても日本にこんな場所があるなんて思わないしなぁ。)
「キャンキャン騒がないでくれ!!ほら、そこにいるだろう!!ボクたちから危害を加えることはないし、むしろ助けてやったんだがな!!!」
「おおう!!主殿、無事か!!!危害などは加えられたりはなかったか!!」
人は見る限り1人しか見えないのだが、声が2人分聞こえる。
なんて不思議。
腹話術か何かかかしら。
「返事をしてやらないか!!こっちはずっとこいつの相手をして疲れているんだ!!」
「も、申し訳ありません。危害はなく、体も健康。この通りピンピンしております。」
だそうだ、とイケメンが横に声をかけると、こちらに向けて茶色い何かが一直線に飛んでくる。
「よかった!!!声をかけても全く反応がないもんだから、心配したんだ。いやぁ、よかったよかった!!」
目の前にも見えるは、茶色の片腕より少し長いぐらいの木の棒。
これは蕎麦打ちから日本料理を教えてくれた当時の料理長から、自分で店を持つときに渡された思い出の品。
素材は欅で作られ、弟子入りしてからずっと大切に使わせてもらっていたもの。
当時、欅なんて高級な麺棒はまだオマエには早いと怒られながらも、初めて1人で蕎麦打ちから、調理やお客さまへの提供まで任された時の記念にもらったものだった。
その証拠に、私の名前までしっかりと掘ってある。
(もらった時は本当に嬉しくて、しばらく使えなかったけなぁ)
「おい、大丈夫か主殿!!やっぱり何かされたのか!!」
私はまだ夢から覚めていないのかもしれないです。
私の蕎麦打ち棒が、私に向けて可愛らしい声で話しかけてくるなんて、そうだよね。
わけもわからず牢屋だし、怖いおじさんだし、現実離れしたイケメンだし、話すし!!!!!!
「おい、大丈夫か!!どうした!!!おい、倒れたぞ!!!!!!」
「せっかく起きたと思ったのに!!!!勘弁してくれ!!白目なんて向いている場合じゃないぞ、おい起きろ起きてくれ!!!」
足の力はふっと抜け、頭は熱を帯び、体は動くことを拒否したと思ったら、次の瞬間には暗転し、スキンヘッドもイケメンも遠ざかって行ったのだった。
「まだ起きねえのか。起きたと思ったら、また気絶って。ほんとに身体に問題はねえんだろうな。」
「ボクの診断を疑うって言うのかい?そんなに心配だったら、他の治癒師でも連れてくればいいじゃないか。」
戻っていく意識と共に、外からの声が耳に入る。
夢であれと思った先の出来事は、どうやら夢ではなかったようだ。
「やっと目覚めたようだよ、全く。君の相棒はずっと心配で離れないって聞かないし、ボクも治癒した責任があるとか何とかで、ここにずっと拘束されるし。ボクだって暇じゃないんだけど。」
「それは大変申し訳ありませんでした。加えて、助けていただいたようでありがとうございます。それで、私の相棒と申しますのはどこに?」
「そこで騒いでいるだろう?」とイケメンが指を刺す先には、声だけ器用にウォンウォンと泣いていることがわかる茶色の棒と、それを宥めるスキンヘッドといったシュールな光景。
「あれが私の相棒と??」
「そりゃあそうさ。自分の主人でも無いものを心配する精霊なんてものは存在しないからね。そんなことまで覚えていないのかい?ここじゃ子供でも知っているような内容だけど。」
さも当たり前かのように口にするイケメンに、驚愕する。
こちとら日本で30年生きて来ているものの、そんな話は耳にしたこともなければ、聞いたこともない。
「ここでは、調理器具が話すのは普通だと言うことでしょうか。」
「バカなことを言うな。そんなわけがないだろうが。あれは、調理器具がしゃべっているのではなく、宿っている精霊が話している。長らく大切に扱っているものに、精霊が宿るなんて当たり前だろう。」
蕎麦打ちぼうの相手をしていたスキンヘッドがこちらに戻ってくる。
古き良き日本でも確かに九十九神文化は存在していたものだが、実際に話している調理器具なんて不気味でしょうがないのだけども。
「ボクだと小さい頃に母からもらった簪についているし、彼は腰に刺しているナイフについているよ?まぁ、普通は主人以外とは話したがらないから、心に直接話しかけてきたりするものだけど。これだけ声の大きい精霊はボクも初めてあったかな。」
はははと笑うイケメンに申し訳ない気持ちが湧くものの、言われたところでピントはこない。
非常に意味がわからない。
「記憶がないところもあるみたいだし。しょうがないのかもね。ただ、ボクたちも仕事があるからさ。髪の毛一本もらってもいいかい?」
別に髪の毛の一本ぐらいはと、グッと引き抜いて渡す。
すると受け取った髪の毛をスキンヘッドさんに渡し、スキンヘッドさんは髪の毛を腰に下がっている短剣へと巻きつける。
「これからいくつか質問をするから、正直に答えてほしい。じゃなければ、彼の精霊は嘘をついた時点で心臓に目掛けて飛んでいく能力を持っているんだ。いいかい?」
「はい、わかりました。」
もはや、頷く以外の選択肢はないわけで。
(いきなり尋問か。それに担保は自分の命ときたもんだ。)
背中を伝う冷や汗と共に緊張で筋肉がこわばるのを感じる。
スキンヘッドさんにイケメンがアイコンタクトをした後に
「この街に来た目的はわかるかい?」
「いいえ、気づいた時にはここの場所におりました。」
もう一度スキンヘッドさんとイケメンのアイコンタクトを確認し
「この街を害する目的はあるかな。」
「いいえ、この街を害する気持ちも目的もございません。」
話すと、「どうだい、反応はあったかい?」「いや、全くなしだ。問題ないだろう。」とスキンヘッドさんからの回答がある。
「そっか、なら入国でも問題ないね。」
ほっと一息つくも、入国してからの状況も今の場所も何一つ知らないわけで。
むしろこのまま放り出されても困るわけで!!
「ボクも彼も君だけに時間を割いてあげるわけにもいかないんだ。ボクらはボクらの仕事もあるしね。善良そうで、悪いこともしてなさそうだし、さっさと出て行ってくれるかい?」
そこからはとんとん拍子で、牢屋から追い出されてしまった。
その際に少しだけ詳細の説明をしてくれたのだけれど、ここはどうやらポホヨラと呼ばれる商業国の首都に位置している街らしい。
そして私は、街を出るとすぐ砂漠のような土地が広がっているそうなのだが、そこの人が行き来する往来で青白い顔をして倒れていたらしい。
傍では、例の如くこの蕎麦打ち棒が騒いでいた為に、通りすがった方が詰所にいたスキンヘッドさんに報告、そこで治癒師(この土地でいう医者の役割)のイケメンを連れ引き取りに来たとのこと。その際に、悪人である可能性もあるとのことで、牢屋に入れておいたとの話だった。
スキンヘッドさんもイケメンも街を守るための巡回中の兵士で、倒れている人の救護や警備を行っている方だったと言うことだ。
と言うこともあり、無事釈放されたで。
街を多少トボトボと歩いてみるも、全く私の知っている土地ではない。
私は国名などに詳しい方ではないため、断言はできないがポホヨラといった土地に心当たりもなく、ましてやしゃべる調理器具が当たり前にいる現実なぞ、聞いたこともない。
(考えたくもないんだが、私の知っている世界ではないかもなぁ。)
「主人殿、本当に体調は大丈夫なんだな!??」
身の回りを謎の力で浮遊しながら、フォンフォンと飛び回る蕎麦打ち棒。
「大丈夫ですよ、ご心配有難うございます。」
めちゃくちゃ心配しながら、先ほどから周りを飛び回るせいでいつぶつかるんじゃないかと不安になる。
蕎麦打ち棒に心配されるのも、喜んでいいやら悲しんでいいやらである。
「いつ主人になったんだろ、てか、何者??」
顎の先に手を置き、ふとした疑問がボソッと口から漏れる。
考えているときに頭を整理するための癖になっている。
うるさいからやめた方がいいよと、日本に住んでいる母からは注意をされたものだが、1番整理できるのがこの方法だったのでしょうがない。
「それはだな、主人殿が店を開いた時だな。私は、主人殿が大切に扱ってくれることで生まれた蕎麦打ちぼうの意識といったところだ。日本では九十九神と呼ばれておったし、ここでは近い気配は確かに先ほどの者たちが持っていた精霊といったところだろうと考えている。」
おいおい、随分とファンタジーだな。
確かにめっちゃ大切にはして来たのだけども。
「蕎麦打ち棒の意識ですか。確かに宿るなんてことは聞いたことはあるけども、現実に起こりうるなんて思わないもんさ。全く知らない土地だ、いてくれるのはありがたいんだけども。ここでそばを打つっていったって、材料もないし調理器具も屋台もない。お金もないし、どこだかも分からない。万事休すかな。」
みる限り、知っている建物も知っている風景も全く出てこない。
見える限りの建物はエジプトかどこかで見たようなレンガ調での建物だし、砂嵐とかから家財道具を守るように外壁は強く作られているような印象を受ける。
日本のように木材での家屋ではないようだ。
「そばなら打てるぞ、主人殿。」
「んっ?そばの材料も、料理器具も屋台とか調理場もないのに作るったって無理だよ。流石に私もマジックみたいにないところから、湧き出してくるなんてことできないし。」
表情はないが、さも何を当たり前なことを見たいな口調で話してくる蕎麦打ち棒。
「そのために私がここにいるではないか。」
「蕎麦打ち棒だけじゃ蕎麦は打てないんだって。そば粉、更科粉、小麦粉、米粉。めんつゆ、鰹節、昆布。食材になりそうなものなんて何にもないじゃないか。」
伝えると、私の手元に飛んできて右手にスッポリと蕎麦打ち棒が収まってくる。
「我を握りながら、欲しい食材を強く意識するのだ。より鮮明に分量なども詳しくイメージしてくれるとありがたい。」
ひとまず言われるがままに、自分の頭の中にそば粉に蕎麦粉のパッケージを頭に思い浮かべる。
するとあら不思議。
手元の蕎麦打ち棒が光り出したではありませんか。
手元の蕎麦打ち棒の光が収まると、ボトッと言う衝撃音と共に目の前の空中から蕎麦粉200グラムが落ちてくる。
「言っただろう、蕎麦は打てるって。その為に我がいるのだから当たり前だろう。」