ヒョロガリ男と蕎麦打ち棒
ひょんなことから
何で、どうしてこうなってしまったのだろうか。
片手には蕎麦打ち棒。
格好は作務衣。
目の前には屈強な男たちと、後方に控えるは真剣な眼で戦場を見据える白い装いの集団。
そして場違いな私。
喧騒の中で己の生涯を振り返りながら、呆然と立ち尽くす一風変わった男の姿はさぞ異物であろう。
「おい!!ぼーっとしている場合じゃないぞ、さっさと動けこの!!」
しまいには、手に持っている蕎麦打ち棒に叱咤される始末。
本当にどうしてこうなったのだろうか。
「もう歳だしな。結婚もいいぞ。」
目の前には、私に古くからの友人が座っており片手にはビールジョッキ。
顔もほんのり赤くなっており、テーブルに並ぶ料理の数々は見事に平らげてあった。
身長も165センチと割と小柄ながら、目の前に並ぶ皿は10数枚。
何処にそんな量が入っていくのか不思議でたまらないが、昔から大飯食らいである為にびっくりなどと言う感情は湧いてこなかった。
そんな私はキッチンに立ち、黙々と蕎麦打ち棒を片手に明日の準備に耽る。
「そんなこと言ったって、結婚は1人じゃできないし、俺にはやりたい事をやって行くだけで精一杯さ。人と一緒に暮らすなんて、昔やったので懲りたしな。しばらくは遠慮しておくよ。」
「まだそんなこと言っているのかよ。まぁ8年も片思いしていて、あの仕打ちはねぇよな。結局、お前の親戚と結婚したんだっけ。人間不信にもなるか。」
私は、まだ学生だったころから1人の女性に恋をしていた。
高校生だった私は、別のクラスだったにも関わらず同じクラスで仲の良かった友達を通して、少しずつ仲を深めていった。
最初は友だちを含めて、3人で遊んでいたが次第には登下校する時も、自身の家からは数キロ離れているもの気にせずに送ったりしていた。
そこまで仲良くなれたら、好きでいてくれるのは間違いないと踏ん切りをつけ告白し、付き合った。
今思えば人生で1番楽しかったかもしれない。
映画に一緒に行って、彼女の部活に迎えに行って。
登下校は一緒に。
周りのクラスの連中には弄られて、恥ずかしくなったり。
数ヶ月が過ぎた頃、突然彼女から別れを告げられた。
理由は、安心できるけれど男らしさを感じない、ドキドキしない。
今もいい人で一緒にいて楽で楽しいけれど、友だちの感覚になったとのことだった。
当時仲を取り持ってくれた友人曰く、他に好きな人ができたのだろうと話していた。
どちらかというと屈強で筋肉があり、男らしいタイプ。
私は食べても太れない痩せ型のタイプだったために、真逆のタイプだった。
いつも一緒にいたために雰囲気の違いとか、彼女の会話の時の歯切れの悪さから薄々感じていたためにショックは少なかったがぽっかりとあいた胸は、しばらくそのままだった。
ただ、彼女との話はそこで終わりではなかった。
話せば長くなるので割愛するが、男と別れては私の元に戻ってくるのだ。
私もバカで、戻ってくるたびに嬉しくなって付き合ってを繰り返した。
付き合ってもしばらくすると旅立っていく。
また戻ってくる。それを繰り返して合計8回の復縁。
はじめに告白してから、期間も8年。
好きな感情がなくなった訳ではなかったが、私も彼女もこのままではいけないだろうと決心し、最後の意別れの際には連絡先と思い出の一切を処分した。
追って一年後、彼女が結婚したと友人伝手に話を聞いた。
結婚相手の名前を聞くと、見知った名前が飛んできたために目を丸くして驚いた。
その際は友人曰く、失神か気絶したのではないかと疑うくらい反応がなかったらしい。
見知った名前は私のはとこ。小さいころから仲良く遊んでいて、小学校も中学校も同じ学校だった。
高校は離れていたが、当時の彼女も同じ中学校だったために血縁であることは知っているはずだった。
なんだか状況も訳もわからず、ただただよくわからなかった。
挙げ句の果てには普通に結婚式の招待状が届く始末。
何を考えているのだろうと思うよりも、単に怖くなった。
結婚式には出席しなかったし、はとことも連絡を取ることをやめた。全部ブロックである。
事の顛末から、女性不審、人間不信の出来上がりである。
「1人で生きて行くのは寂しいだろ。病気した時とかどうするんだよ、親御さんも心配するだろ。」
「大病なんてした時にはポックリで良い。そんなに長生きも望んでないしな。俺はここで蕎麦を打って、つまみを出して。みんなに喜んで貰えりゃあそれでいいさ。孫の顔が見たいっていうのは、兄貴が見せてるしな。」
30にもなれば、周りはほとんど結婚していた。
子供も1人、そして2人に増え、賑やかに忙しそうにしている友人が大半だ。
子供を連れ、飯を食いにくる友人もいて、ちょこちょこ近況を聞くが幸せそうにしているもの、旦那の愚痴を散々吐いて行くもの、離婚したもの様々だった。
私は学校を卒業して、板前の修行を3年と焼肉のチェーン店にて仕事をし、料理と店舗の運営を学んだ。
その後は、フラフラと会社員を転々としながら今の店舗を持つための資金を貯めた。
去年、29歳にしてやっとこの店をオープンした。
一年程度経営をしているが、売上はまぁまぁ。
従業員は私1人で賄えるぐらいの人数しかやってこないために雇ってはおらず、人件費がないために私が食べるくらいは問題ないぐらいだろう。
「まぁ、ここの店がやっている間は孤独死なんてこともないし、お前の人生だから俺がとやかく言ったってしょうがないもんな。」
「心配してくれたことは素直に嬉しいよ。ありがとな。」
当時のアニメの話とか、あいつは金持ちになったとか、くだらない話を料理をだしながら話していると早いもので数時間が経っていたことに気づく頃には、会計を済ませまた来ると友人は去っていった。
平日の夜に、日本料理屋にくる客はあまり多くは無く、料理の下準備を早々に終えた私は早々に暖簾を畳み取り込んだ。
OPENと書いてあった看板をCLOSEに返し、扉の戸締りをして帰路に付く。
料理屋をやっているために夕飯を気にしなくていいのは、会社員時代にはなかった幸せである。
あとは帰って、風呂に入って寝るだけかとイヤホンをスマホに繋ぎ、音楽を聴きながら歩き出す。
すっかり暗くなった空と、夏の暑さと湿度に不快感を感じながらさっさと帰ろうと歩いて行くと、ふと目の前に子供が歩いているのが目に止まった。
身長から歳のころは、小学生ぐらいだろうか。
深夜までとは行かないが、相当に夜も更けており、子供が1人で活動する時間ではない。
ましてや塾帰りの中学生とかならあり得るが、小学生にしか見えない。
見てはいけない類のものだろうかと考えるも、リアルに見え過ぎているからそんなこともなさそうだ。
学校の制服だろうか、服装はシャツにスラックスのようなてらてらのパンツ。
小学生にしてはやけに紳士的な服装。
シャツの首元には綺麗な刺繍が入っており、値段が張りそうなシャツであった。
(この辺に良いとこの子供が通いそうな学校なんてあったかなぁ。)
田舎ではないが、別段都会とも言えない私の街には私立の小学校なんてものはなかった。
かといって公立であんな高そうな制服の学校も思い当たらない。
偏見では無いが、小学生でスラックスを好んで着るような文化のイメージもなかったためにその子供の姿は非常に印象深かった。
よく見てみると、その子供は何かから焦って走ってきたのか、息は酷く荒れており、遠くからでの街灯の頼りない光でわかるくらいに汗をかいている様子だった。
(俺もガキの時は、汗だくでかけっこしたっけな。でもこんな夜中に親は何してんだか、あぶねえって)
周辺を見回してみても、親のような姿はなく、誰かを探しているような声もない。
子供に意識を戻すと、足取りは少しフラフラとしてきていたが意識ははっきりあるのか周囲をキョロキョロと忙しなく周りを確認していた。
数分歩いただろうか、私のうちの近所の交差点に着いてしまった訳だが、少年は交差点をまっすぐに進んでいく。
私は右に行かなくてはならないのだが、心配で少し着いて行くことにした。
不審者であると怖がらせてしまうだろうか、声をかけて送って行けば済むのだろうが、必死に動いている様子の少年を見ると様子を見た方がいいような気がしたからだ。
交差点の信号が変わり、赤から青に。
再度、歩き始めた少年に目線を戻すとフラフラとしていた足がもつれ、交差点の真ん中で体勢を崩し、転倒していた。
元々体力の限界のような状態で歩いていた感じだったこともあり、倒れてしまってからなかなか立ち上がらない。
流石に心配になって、駆け寄ろうとすると交差点の奥からトラックのライトがこちらに近寄ってくるのが視界に入ってくる。
交差点であること、車両の信号が赤であることを咄嗟に確認するもその勢いは落ちることなくこちらに疾走していた。
交差点の真ん中には、いまだに立ち上がれず酷く息の荒い少年が横になっている。
咄嗟に少年の傍に入って、声をかける。
「おい!!起きれるか!!!」
「・・・・・・・はぁつっっ、、、はぁ・・・・」
少年の目は空で、とても歩けるようなようには見れなかった。
こんなことなら不審者でもいいからもっと早く声をかけるべきだったと後悔をするが、今更言ったってしょうがない。
目の前に迫るトラックは異様に早く、100キロを優に超えるスピードで向かってくる。
(こんな交差点でマジかって!!!!)
迫ってくる恐怖に、自身だけでも逃げようと反射的に体が動きそうになるも、横たわる少年は目に入る。
(もっと早く動いとけって俺。判断が遅いって、某漫画で天狗ジジイが言っていたっけなぁ。)
どんどんと遅く見えてくるトラックと、目の前の風景。
トラックの恐怖からか狭まってきていた視界も開け、交差点で信号待ちしていた人たちの表情まで見えるようになった。
ある人は、こちらに向けて何かを叫び、またある人はトラックに向けて手を振って、みんなが必死になっている表情まで見て取れた。
(こんなちっぽけな独身で取り柄のない俺よりも未来のある若者ってか。独身でよかったよ全く。)
痩せている私は筋力はない。
小さい子何て、持てても幼稚園児くらい。
それ以上は物理的に重くて抱えて走るなんてできそうにもなかった。
「ごめんな、ちょっと痛えぞ。生きてるだけで丸儲けって事で、お相子ってことで勘弁して頂戴な。」
少年の胴の傍に手を入れ、軽く少年の体を持ち上げる。
きっと走馬灯ってこういう体感なんだろう。ありがたいことに自分の状況を把握する時間は十分にあった。
ずっしりと両手に抱える重さは、考えていた通り抱えて走るには重く、だが聞こえる息遣いからは少年の生を感じるようだった。
全身に力を入れ、両手に抱える重さを思いっきり反対車線に放り投げた。
「おじさん!!!!!!あとはお願いします!!!!!!!!!!!!!」
歩道で必死に車を止めようとしてくれていたおじさんと目が合った気がして、少年の身をお願いする頃には、光が人一人分を開けたぐらいまで来ていて、最後に伝えられてよかったと考える頃には、自身の視界は空を見ていた。