最強の一歩下〜ラスボスの一歩手前で主人公にやられる漫画の敵に転生した青年。漫画のインフレ的に大当たりかもしれない件〜
「知らない天井だ」
一度言ってみたい言葉ではあったが、実際に使う事ときが来ることになるとは思ってもいなかった。
目を覚ました青年の前には、綺麗で真っ白な天井。
大学生の住むボロアパートのような黄ばみは一切ない。
「はあ、夢なら覚めて欲しいんだけど……」
別に現実に戻りたいわけではない。
ただ、
「来週、筆記試験あるのに」
そういうことだ。
仮に夢なら、早く帰りたいことこの上ないのだ。
「でも、妙に夢っぽくないんだよなぁ」
夢のような、ところどころのボロさがどこにもない。
現実そのものだ。
第一、夢の中なのだとしたら自分の意識がしっかりしすぎている。
「ということは……」
『コンコン』
ドアをノックする音。
少し遠慮したような、そんな音。
「どうぞ」
「!?」
とりあえず返事を返しておくと、驚いたような気配を感じる。
というか気配を感じるってなんだよ。
ドアが開く。
メイド服を着た少女が部屋の中に入ってきて、こちらにお辞儀をする。
そのあまりにも綺麗な礼に青年もついお辞儀を返してしまう。
「何をやっているのですか!?」
「? 何ってお辞儀だけど?」
「おやめください」
驚いたような声を出し、青年を止めてくる。
言われるがままに顔を上げると、そこには綺麗な顔をした少女がいた。
あぁ、この顔。既視感がしまくっている。
彼女の名は、ルア。
ある漫画のサブキャラで、魔に呑まれてしまった主を助けようとして、主人公サイドにつく少女。
そしてその主は、ラスボスの前に主人公と戦い、かなりの善戦をして主人公にラスボス討伐のためのヒントを与えて死ぬ。
その主の名こそ、
「あなたはこの街『チェルコント』の次期領主、トバルズ・チェルコント・ズーラ様です。どうか、そのようなことはおやめください」
「あぁ、やっぱり……」
「? やっぱり?」
「いや」
誤魔化して答える。
「寝ぼけてただけだよ。起こしに来てくれてありがとう」
「え?」
ルアから驚いたような声を出される。
そうだ。
こいつ男のくせにツンデレ(滅多にデレはない)だから、普段は感謝の言葉なんて一切述べないんだった。
まぁ、ファンにはそこが良いらしいが。
驚いたような顔と声を出したノアはトバルスの視線を別の意味に受け取ったのか、慌てて頭を下げる。
「申し訳ございません!!」
「いや、怒ってないから」
思わず真顔でつっこむ。
被害妄想ならぬ、加害妄想だ。
どうか顔をあげて欲しい。
ノアみたいな綺麗で健気な少女にいちいち頭を下げられるこっちの身にもなってほしい。
というか、漫画そのものを推している青年にとって、憧れのキャラに頭を下げられるのは単純に嫌だ。
「本当に怒ってないから。そもそもおれたち同い年だろ?」
その返しに、またもや驚いたように固まっているルアを置いておいてトバルスはベッドから出ると、笑いながら言う。
「それよりご飯作って? はやくルアの美味しいご飯が食べてみたいな」
青年は気づいていない。
トバルスは作中でも、主人公レベルのイケメンなのだ。
しかも、普段は笑わないキャラ。
そんなイケメンがふにゃりと笑うような暖かい笑みを浮かべているのだ。
結論。
破壊力の権化となっている。
ここ、テストに出ます。
「は、はい!!」
不思議な物言いにすら気づかず、ルアは顔を隠すように部屋を出る。
外からトントン、と階段を降りる音が聞こえる。
急いで外に出て行ったルアを不思議そうに目で追っていた青年改めトバルスは、
「ひょっとして、言葉強かったかな!?」
と嫌われていないか心配になるのであった。
ご飯を美味しくいただいたトバルスは、中庭に出てきた。
「おれが本当にトバルスなら……」
手を前に出す。
その手に集中力を向け、頭の中でイメージしてみる。
手のひらから炎が出るイメージを。
「おぉ〜」
無詠唱で出すことができた。
これは、もともとの才能の影響だろう。
「魔法だ……。魔法だーーーー!!!!」
一度呟いた後、少しして我に返って大きな声を出してしまう。
それほどトバルスはテンションが上がっていた。
「でも、これだけじゃいけない」
ふと、主人公のことを思い出す。
前世の(?)記憶によって知っている。
トバルスは覚醒主人公にやられる運命にあることを。
「だから、もっと鍛えないと」
今のままでは、ラスボスの一歩手前でやられてしまうトバルスは、ラスボスの支配能力によって主人公と戦う運命にある。
(でも、ラスボスだけが悪いわけじゃないのもあの漫画の読みどころなんだよなぁ)
そう、ラスボスも悪と言えないのがあの漫画のいいところ。
むしろ、悲しそうな壮大な過去がある。
どうにかして全員幸せにならないだろうか。
しばらく考えていたトバルスは、ある考えに至る。
「ラスボスと主人公を仲良くさせれば良いのか」
そうすれば、平和に終わることができる。
これぞ究極のハッピーエンド。
しかも、漫画そのものを推しているトバルスにとってもこれは最善の考えではないだろうか。
そのためには、
「二人に注目されるくらい強くならなきゃ、なのか」
そういうことだ。
どちらにしても、もっと強くならなければ。
あと五年後、学園生活編が始まる。
それまでに、二人に並べる程度には強くならなくてはいけない。
それから五年間、トバルスは修行に修行を積む。
その結果、世界すらをも破壊できてしまうようなものすごい力を手に入れることになる。
体力、知力、魔力。全てが覚醒主人公すら軽く凌駕するほどの力を手に入れることになる。
もともとインフレの進む漫画で、原作トバルスは大した修行もせずにラスボス仕様の覚醒主人公とまともに戦うことができた。
その才能は、主人公やメインヒロイン、ラスボス。全ての才能を持ってしても届かないほどだ。
トバルスの素の力がこの世界で一番強いことを、この時のトバルスはまだ知らない。
そして、五年後。
「ふぅ、今日からついに学校か」
様々な生徒が入り乱れる学園の正門。
十五歳のトバルスは、門の前で桜を見ていた。
トバルスは、弱い風魔法を使って桜の花を少し散らす。
ついに、この時が来た。
「今日からみんなと仲良くなるんだ」
あまりにも平凡な学生の目標に、周囲からはクスリと笑う声すら聞こえる。
だが、そんなことは関係ない。
「そのために、それなりに強くなったんだ」
そう言って、十五歳の少年は門の中に入っていく。
舞い散る桜に歓迎されながら。
これは、一人の少年が意図せず最強になり、主人公やラスボスの目標、時には仲間になって、障害を蹴散らす物語。
どうでしょう? 漫画のキャラで実はこいつ、結構強くね?ってやついません? 連載終わった後によく見つかるやつですね。そんなキャラに転生すると、こうなるのかもしれません。
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