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俺の中の悪魔が天使に恋してる  作者: 丈乃井 想
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天使と悪魔


天使とは、天の使いとして人間界に遣わされ、神の心を人間に、人間の願いを神に伝えるもの。優しく労り深い、清らかな存在。

悪魔とは、人を惑わせたり善事(ぜんじ)に災いをもたらしたりする、悪を象徴する超越的存在。人を悪に誘う魔物。


それは即ち、善と悪。光と影。白と黒。

まるで正反対なそれは、人の心に对を成して存在する。

良い行いをする時は、清らかな天使が背中を押してくれる。

逆に悪魔は囁き、悪い行いをさせようとする。

それが人の中の良心と悪心だろう。


だかしかし、俺の中の天使と悪魔は少し違っていた…。



***



「いらっしゃいませ。レジ袋はご利用ですか?」

そう言うと目の前の女性は、無言でエコバックを渡して来た。

「では、こちらに入れさせて頂きます。六点でお会計、八千六百九十円でごさいます。お荷物重たいので、お気を付けてお持ち下さい」

またも無言で一万円をトレーに乗せる。

「一万円お預かり致しましたので、千三百十円のお渡しです。ありがとうございました。また起こし下さいませ」

お釣りを受け取り、レシートだけをその場に残し、やはり無言のままレジを去っていった。


「ふぅ…」俺が小さく出したため息に、隣にいたバイトの橘さんが声を掛けてきた。

「お疲れ様でしたー。なんか、最近あんな感じの客多くないですか?」

彼女は学生バイトで、今は大学の授業が少ないらしく週五で入ってくれている。

「しぃー。橘さん、一応他のお客様もいるからもう少し小声で」

俺が周りを気にしながらそう言うと、ハッと口を抑えて「すいませーん」と同じく周りを見渡した。

幸いみんな商品を選ぶのに夢中で、こちらの会話を気にする客は一人もいなかった。

なので俺と橘さんは、小声でこの会話を続けた。

「確かに、こちらが話しかけても無言の人多いよね。せめて頷くか首を振ってくれたら良いんだけど、それもないとこっちもどうしていいか不安だよね」

俺がそう言うと橘さんは「はぁー」とため息をついた。そして。

勅使河原(てしがわら)さんは優しすぎますよ!」

「えぇ。そうかな…?」

「そうですよ!私だったら無言で頷かれてもイラッとしますもん。何のために口が付いてるんだって。せめてYESかNOで応えろって!さっきの客だって、もし私があんな態度で来られたら勅使河原さんみたいに優しく対応出来ないですよ。絶対に、またお越し下さいは言いません!」

「あはは。まぁ俺、一応社員だしね」

「それでも、勅使河原さん全然怒ったりイライラしないですよね。他の社員さんは陰で怒ってるのとか見た事ありますけど、勅使河原さんはそれもないし」

「んー、そうかなぁ?」

「そうですよ!怒ったりとかしないんですか!?それとも、何か優しくなれる秘訣でもあるんですか!?」

その時、俺と橘さんさんのレジにお客様が会計にやって来た。

「「いらっしゃいませ」」

二人で一礼し、商品を受け取り会計を始めた。この後からレジは混み始め、先程までしていた会話は中断されたまま流れて行った。



「優しくなれる秘訣か…」

仕事も終わり、帰り道。人気のない路地を通りながら、俺はその言葉を口にした。

元々俺はそこまで優しい人間ではない。(つめ)たい訳ではないが、()めた性格をしていたと思う。けれど、ある事がきっかけで人から優しいと言われるようになってしまったのだ。


俺は、今日のレジでの事を思い出していた……。


「いらっしゃいませ。レジ袋はご利用ですか?」

そう言うと女性は無言でエコバックを渡して来た。前までの俺なら「これに入れて下さい」くらい言えないのかよと、イラついていただろう。けれどこの時、俺の中では天使と悪魔が言い合いをしていた……。

【何あいつ!無言でエコバック渡してくるとか何様なの!?そんなの適当に詰め込んじゃいなさいよ!】

彼女はクロナ。俺の中の悪魔である。

〖もしかしたら、話せない事情があるのかもしれないですよ。せっかくエコバックを持って来てくれたのだから、丁寧に入れてあげましょう〗

彼はマシロ。俺の中の天使である。

【話せない事情って何!?店に入ってくる時、電話してたの見たんですけどー】

クロナがマシロに食って掛る。

〖それなら、もの凄くシャイな方なのかもしれないですね。初めて会う店員さんに緊張して、声が出せなかったのかも〗

それでもマシロは柔らかい口調のままだ。

【いや、そんな事ないから!店員にこうゆう態度を取る事がカッコイイって勘違いしてるのよ。そのくせこっちが少しでも間違ったら文句言ってくるのよ、こーゆう奴は!】

〖そんな、決めつけたら駄目ですよ。言葉に出さないだけで、心の中では「ありがとうございます」って感謝しているかもしれないですよ〗

【そんなの、ただのマシロの想像に過ぎないじゃない!】

〖なら、クロナさんのも想像ですよね〗

【ゔぅ、そ、そうだけどっ!でも!!】

マシロの返しにクロナが唸った。

〖それに、クロナさんは怒った顔より笑った顔でいる方が素敵ですよ〗

マシロのその言葉に、クロナが一気に頬を赤らめた。

【!!はぁ!!?!なななな何よいきなり!!すすすす素敵だなんてっ。か、からかわないで!】

〖からかってなんかいないです。本当ですよ〗

マシロは更に柔らかい笑顔をクロナに向けた。

【!!くぅっ!!!!】

その笑顔に、クロナは更に赤面した。

これはもう、決まったな。

俺はもう何度目となる、優しい気持ちに心が染まっていく感覚を味わった。

【今回だけよ!!しょうがないから、今回だけ、その客に丁寧に接客しなさい!】

〖はい。丁寧に接客してあげて下さい。ありがとうございます、クロナさん〗

そう言うとマシロは、クロナの頭を優しく撫でた。

【…うん。えへへ】

ゴロゴロと猫みたいに喉を鳴らしそうなくらい、撫でられたクロナは嬉しそうだ。


「ありがとうございました。またお越し下さいませ」

今日もまた怒りはどこかに消えてしまっていた。


俺の名前は勅使河原 陸(てしがわら りく)。二十六歳。都内の大手ドラッグストアで働いている。

人の心に对を成して存在する、天使と悪魔。

それは俺の中にも存在する。

だけど俺の場合、他人とは少し違っていた。


俺の中の悪魔が天使に恋しているのだ。



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