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第0話「ある男性の詩」
『書き連ねた夜に 咽び泣いた三月
春を待ちわびるだけは只、無情にも芽を枯らした。』
あたりは、真っ白で殺風景な何も無い小さな部屋。男が空中を指でなぞると、辿った軌跡に文字が記入される。
男はしばらくの間、本当に途方に暮れるくらい長い間、他人との接触を断絶されてきた。その退屈を紛らわす為に、稀に湧き上がる人恋しさを吐き出す為に、彼には詩を綴るという少々気恥ずかしい習慣が身についていた。
「…違う、こうじゃない」
そう言って男は空中に浮かんだ文字をかき消す。何かが、何かが決定的に足りていない。その何かは、当の本人にも皆目見当がつかず、男を困惑させる。
ため息を吐いて、何もない場所に腰掛けようとすると、周囲から粒子があつまっていき、椅子が生成される。
男は髪の毛が生えていなく、長袖と長ズボンの無地の服を着用していて、肌がまるで死人かのように青白い。
「君はいつになったら迎えにきてくれるんだ?」
男は、作り出した椅子に深く腰掛けながら、無気力な目で天井を見上げていた。