猫の国で悪魔と呼ばれる人間
時刻は深夜2時。城のような大豪邸。60畳の和室の中央にヒゲも毛並みもヘニャヘニャの白猫がお布団で寝ていた。
彼の名は『デッカちゃん』。
とても目の大きい猫の国の王である。そのデッカちゃんを見つめているのは初老の人間『近藤』。猫の国で一番の嫌われものだ。
「シャーシャー言ってますね」
「言っておるのぉ」
豪邸の外には国中の猫が集まってシャーシャーしており、その声が室内まで聴こえてくる。近藤が王に酷いことをしているのではと怒っているのだ。デッカちゃんは国民に愛されていた。
「お主嫌われてるのぉ」
「嫌われてますね」
「仕方ない。お前はたくさんの猫に酷いことをした。だがの?近藤よ。ぬしが実はそんな酷い奴でないのはワシはよーく知っておる。ワシは25才でそれにうっすら気が付いて29で確信に変わった」
「……」
「何だかお前と会うと調子が良くなるのだ!お前さては……猫の味方だな!?」
「何度もそう申し上げました」
近藤は毎日病院に来る患者猫に『私は獣医です。あなたの味方です。あなたを治します』と言っているのだが猫達は聞く猫耳を持たない。
猫にとって近藤は注射したりお薬を飲ませたり時にキンタマを切り取る『悪魔』なのだ。
「そうですか。私が味方だと気がつくのに29年もかかりますかぁ……」
近藤は(それではこの国の猫達にはみんな30年は生きてもらわなきゃなぁ)と思った。
近藤は大の猫好き。猫に嫌われ続ける30年は辛かった。
「……では味方だと分かったなら治療に協力して下さいね」
「ああ!ニャーに強要するな!」
デッカちゃんが暴れても噛みついても引っ掻いてきても近藤は治療を止めなかった。
注射をして薬を無理やり口の奥に押し込んだ。
「これですぐに元気になりますよ」
「とても苦い!」
「薬ってそんなもんです。明日もまた来ます」
・
・
ハーッ!シャーッ!フフーッ!
『また酷いことをした!』
『この人間はとても酷い!』
『なぜ酷いことをするんだ!?』
猫達のいつも以上の威嚇に近藤は恐怖を感じたが、デッカちゃんの家は猫達に囲まれている。
強行突破しかない。
(帰って明日の診察の準備をしなくては)
威嚇はするが猫達も近藤が怖いので飛びかかりはしない。あと一押しが足りない。襲いかかるきっかけを求めていた。
近藤が刺激しないようにゆっくり歩くと猫達は一応は道を開ける。
「近藤!」
近藤も猫も声がした方を見た。デッカちゃんが杖をついて玄関前に立っている。ヒゲもピンとなり毛並みも良くなっていた。
(薬が効いたな)
「いい忘れた事がある!」
「何でしょう?」
近藤はドキドキしていた。『猫に治してくれてありがとうと言ってもらう』夢がいよいよ叶うと生唾を飲んだ。
「二度と来んニャ!」
「……えぇ。わー!」
デッカちゃんの一言がきっかけになって猫達が一斉に襲いかかって来た。驚いた近藤は全速力で走ったが年齢も年齢なので遅い。
近藤は死を覚悟したが猫達は追い付いては止まりある程度距離が離れたらまた追いかけるを続ける。
疲れたので止まると猫も止まり、もう走れないと歩くと猫達もシャーシャー言いながらゆっくり歩いた。
(私は案外嫌われてないかもしれない)
近藤は威嚇する猫達を連れて病院へ帰った。
「あれ?国王?」
「おや?」
うっかり病院の中まで付いてきてしまったデッカちゃんはお泊まりする事になった。
猫はとても面白い。